第48話 木陰で隠れし者
少女にとって、「怖い」というより「驚き」の連続なのだろう。状況が掴めず言葉に出来ない、ほどの困惑状態のはず。銃から少年に、少年から車外の男に、再び運転手に視線を変えた。ただ既に、銃らしき物体は彼女の視野になかった。
その時、
「お前らぁ〜、何しとるんじゃあ〜! 」
境内からの、怒鳴り声。その方向へ4人の視線が、動く。
その瞬間が好機となり、左腕を掴む少女と一緒に、降車した少年。彼女を護るように体を張り、目前のスーツ男と対峙した。
「レイさんに手を出させません。もし、そちらがそのつもりなら、一族総出で、あなた方の計画を潰しにかかります。遠馬さんに、そうお伝えください」
寸刻睨み合いは続いたが、諦めた男は助手席に乗り込んだ。
V6エンジン音とツインマフラー排気音をアップさせ、発進。品川ナンバーのV36型スカイラインは疾駆し、去っていった。
「レイ、大丈夫か!? 」
慌てた様相で、水恵が少女たちの元に駆け寄ってきた。境内では、心配そうに立ち竦む夫人がいた。さらに騒ぎに気づいた近所の人も、やってきた。
「水恵さん、大丈夫です。ご心配お掛けしました」
安心したのか、声が出せた。
「そうかぁそうかぁ。ビックリしたぞぉ。家内が車に乗せられるお前を見て『誘拐だぁ』って叫ぶもんだから、歳甲斐もなく走ってきたわい」
「はははっ、ごめんなさい」
安心させようと笑って誤摩化す。そして、助けてくれた男に顔を向けた。
「阿部阪くん、ありがとう。助かった」
「ああ」
「……でも、いつもの阿部阪くんじゃないんだけど、何で? 」
「…………」
応えようとせず、目線を他方に向けた嵩旡を不思議そうに見ていた。が、何かを思い出すかのように、再び水恵のほうへ。
「そうだ! さっきの男たちがお母さんたちは事故じゃなく、殺されたって言ってました。水恵さんも近所の人も、皆知ってるって……」
表情が険しくなる、老人。口元にも力が入る。
「それは本当ですか? 」
「……本当じゃ」
少女の、笑顔が消えた。
「な、なぜ今まで、黙っていたんですか? なぜ、ウソを? 」
「いつ言おうか迷っておったんじゃ」
「君を護るためです」
割り込んできた、男声。そこにいる者たちの顔は、声の主へ向けられた。この田舎に似つかわない、長身でダンディーな人――嵩旡の父、敬俊が近づいてきた。
「君を護るために、皆さん黙っててくださったのですよ」
「阿部阪くんの、お父さん……」
「皆さん、レイさんのこと大好きだから、必死に護ろうとされていたんです。奴らにバレないように、ね」
ウィンクしながら、数メートル傍で立ち止まった。そのまま顔だけを、宮司へ。
「しかし、彼らがココに来たということは、危機が迫っている、ということです。
水恵さん、予定より早いですが彼女に事実を話し、今後の対策を早急に考える必要がありそうです」
暫く閉眼し、大きく吐息した水恵。覚悟を決めた時、真剣な眼で伝えた。
「そのようじゃの。レイ、家に入りなさい。話す時が来たようじゃ」
「で、でも、涼夏のところに……」
瞬時、視線を元へ戻し、相手に訊ねた。「どう思われますか? 阿部阪さん」、と。
「構いません」
即答だった。
「千堂親子はレイさんにとって、大切な人たち。つまり弱みになる、ということになりますし、それに……
姉妹のように育った涼夏さんに、これ以上嘘を続けるのもお辛いでしょうから、ね」
会話する大人二人の視線は、少女へ。一呼吸して、コクッと老人が頷く。
「涼夏と亮介に、こちらへ来るよう電話で伝えなさい。二人にも覚悟してもらわんといかん」
「覚、悟? 」
動揺の眼差しを同級生の父に移したが、その少女に対し彼は一頷きしてみせた。
顔の赤みが薄れゆく、女子高生。不安から少しずつ、恐れへと変わり始めていた。
「水恵さん、もう1人、お邪魔してもよろしいでしょうか? 」
境内へ歩き出した宮司の足を止めたのは、敬俊だった。振り返った相手とアイコンタクトした後、誰もいない駐車場奥に顔を向けた。
「隠れているあなたも一緒に、如何ですか? 」
大きめの声で、全視線は一斉にその方向へ。
暫時、木陰から姿を現した中肉男。左手で後頭部を掻き、右手で一眼レフカメラを持った、あのフリージャーナリストだった。罰が悪そうにしているわけでもなく、普通に、無言で、近づいて来た。
驚く水恵がいた。
「阿部阪さん、いいのか? 」
強ばった表情を、提案した彼に向けて。対して、余裕の笑みを見せつつ、応えた。
「仕方ありません。一部始終を観ていたようですし、既に彼は、足を踏み入れてしまったようです。それに……
私の知る限り、彼は一流のジャーナリスト。いつかバレるでしょう。逆に適当な情報でモノを書かれて、レイさんを危険な目に遭わせる方が厄介ですから。
……でしょっ、木戸さん! 」
自らの気持ちを悟られないよう、普段と変わらずの野生顔。再び頭を掻き出す、木戸と呼ばれた男――柳刃公平はライターとしての名である。
驚く少女がいた。
「なんであんな所に隠れてたんですか? またストーカー紛いなことをして。ずっと私を見張ってるんですか? 」
不満と不信の表情を、隠れていた男に向けて。対して、苦笑いを見せつつ、答えた。
「……偶々《たまたま》です。取材したくて来たんですが、先程の男たちが立っていたので。何者か、様子を見てたんですよ」
それでも不満は消えず目を吊り上げ、無視するかのように少女は、大股で歩き出した。後に続き、保護者も境内へ。
その2人を見ている柳刃(木戸)に、敬俊が忠告する。
「木戸さん、条件があります。
彼女らに危険が迫りつつあります。それはあなたも然りです。皆さんに危害が及ばないよう、情報の取扱いには十二分に注意ください。
もし、彼女たちを危険に遭わせるような行動が見受けられた場合……然るべき対応をすることに。そのことを、肝に命じておいてください」
彼を直視していたが、目を閉じた、忠告された男。
「フッ……分かりました。もちろん、情報次第ですが……」
含み笑いで、呟く。
微笑返しをした敬俊は、彼に歩くようジェスチャー。並んで歩き出す2人の後から、嵩旡も足を動かした。