第45話 女医の正体
「やめなさい! 」
肩から背中をビクリとさせ、声の主のほうへ顔を向ける。
エッ?
という表情のレイの視界の、女――仁王立ちのシルエット、眼鏡を掛けたスレンダーな女医が、睨みつけていた。
すぐさま鋭眼を外し、顔だけを右横に向け、到着したばかりの別の救急隊員に指示。
「こっちの男の子を運んでちょうだい! 意識レベル300。もう10分以上経ってるわ、急いで! 」
男児の処置に注力していた少女はこの時、現場の状況変化を確認出来た。去る救急車とは別の救急車がさらに二台増え、警察車両も数台停まっている。土曜日の駅前は多数の赤色灯で、異様な風景を作り出していた。
黒髪の少女は慌てて立ち上がり、距離をおいた。担架を持った救急隊員たちが、来たからだ。運ばれる男の子と、子の名を変わらず連呼し続ける母親が救急車に乗るまで、見守るしかなかった。
その場に立ち尽くす少女の横へ、静かに並び寄る女。
「こんなところで力を使わないで。人は死ぬ時に死ぬの。あの男の子も例外じゃない。それが自然の摂理なんだから」
囁き声だが、冷静かつ厳しいコトバ。一方的に言い、離れようとする彼女に対し、驚きをコトバにする薄水色ワンピースの、少女。
「ど、どうして? 」
驚きをコトバにする薄水色ワンピースの、少女。それに対し二、三歩程前で立ち止まり、背を向けたままの女医。
「どうして……どうして知ってるのか、って……」
臆することなく振り返り、堂々とカミングアウトを始める。
「あなた、命毘師でしょ。……ふっ、私も似たようなもの持ってるの。あなたとは違う力、進毘! あなたよりよっぽど人のためになる力よ」
ポカンとした少女に、さらに付け加えた。
「今日はお手伝いしてくれたから、見逃してあげる。でもね、今度会った時は……さて、どうしようかしら……もう帰っていいわよ、お疲れ様! 」
ウインクをするが、意地悪い微笑みを残したまま遠ざかる女医は、現場の指示と処置を再開した。
彼女のセリフを受け入れるのに時間がかかった、命毘師とバレた少女。それに、搬送された子どものことも気になるのだろう、去る救急車の赤色灯を見つめていた。
立ち尽くす彼女の後方からゆっくり近づく、者たち。
「レイちゃん、大丈夫? 」
振り返ると、見慣れた真友の3人。
「あっ、うん……あれ? 帰らなかった? 」
「レイちゃん置いて帰れるわけないでしょう、おまけにこんなんだから、バスも来ないし……」
つい先ほどまでの緊張感からか、目頭が熱くなってきたようだ。
「……ありがとう、みんなぁ〜」
「ちょっと待って」
抱きつこうとするレイを避ける、涼夏。
「えっ? 」
抱きつこうとした彼女の人指が差しているのは、着ている服……
「あっ! 」
血が……あちこちに……今日買ったばかりの、ワンピース……。
駅のトイレで手を洗い、来た時の服装に着替えて、バス乗車場へ。
事故による渋滞と緊急車両の往来のお陰でバスが入って来れず、結果一時間以上の遅延。別の乗り場から予定のバスで、帰路につくことが出来た。
走り出すバスを見ている、女医。ポケットから小型携帯電話を取り出し、発信。
「ちょっと頼まれて。今渋谷を出発した静岡行きの高速バスを追いかけて欲しいの。■■バスのナンバーは●●●●、4人組の高校生くらい。名前はレイって言ってた。ショートカットで黄色シャツにブルーデニムパンツ。住所と名前、それから家族構成も調べて。お願いね。…………なに、お礼!? ……わかったわ、好きなお店で奢ってあげる…………うるさい! さったと出ろっ! 」
女の眼は、獲物を捕らえた如く輝いていた。
「ありがとう、涼夏」
毎度のことだが、幼馴染の心遣いに感謝するレイがいた。帰宅が遅くなることを連絡済みだった父亮介に、水恵へ連絡するよう頼んでいてくれたからだ。
遊び疲れたのか、会話が減り睡魔に襲われ始めた。レイはウトウトする意識の中で、思い出しているかもしれない。あの女医のことを。“力ある者”の最後のセリフを……。
熟睡する4人であった。
目的の降車所に着く頃には、建物の灯りと街灯のみ。
涼夏の父親が迎えに来てくれていた。車中、亮介にも事故の場面を話した。楽しい日だったはずだが、惨劇のインパクトが強過ぎた、からだ。
一軒一軒友人の家に寄り、降ろしていく運転手。最後に明水神社。亮介にお礼を言い、涼夏とは明日夜の約束を確認。暗闇の道路へ走り去る千堂親娘を見届け、境内へ消えていく。
少女の姿を見ていた中型バイクに乗った、男――依頼を受け尾行してきた者である。
「僕で〜す。判りました、○○町の明水神社の子のようです。こんな時間に境内入ると怪しまれるので、名前まではわかりませんが…………えぇ〜マジですか? 明日調べろって、ここに泊まれってことですよね!? 泊まる所ないくらい田舎ですよ。…………男なら野宿しろってったって……ここ街灯もないじゃないですかぁ〜。怖くて、死んじゃいますよぉ〜……勘弁してくださいよ〜ぉ」




