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第44話  指示する女医

 

 処置しながら、高校生らしき女子の顔を見上げ。


「できる? 」


 不安の間をもって応答した。


「はい! 」


「じゃぁ、お願い」


 誠実味ある返事に即答。女性は少女と替わり、少女が男児の胸骨圧迫を継続した。

 その頃4人の制服警官たちが、現場到着。


「大丈夫ですかあ? 」


 倒れている人たちに声を掛け始めている。


「何やってんの」


 女性の独り言だったが、少女には聞こえた。が、無視するように目の前の心肺停止者に集中しようとした。

 次の瞬間、意識を散らすはめに。


「お巡りさーん、もうすぐ救急車来るから、野次馬どもをさっさと退けてくださらない! 救急車が入って来れるように誘導して欲しいの! 」


 甲高い声で、マトモな指示を出し始めたのだ。

 遠くに聞こえるサイレンたち。その指示通りに動き出す国家公務員たち。耳を塞ぎたくなる笛の雑音たち。退き始める野次馬たち。渋滞緩和のために誘導される自動車たち。人手が足りないのだろう、無線で話す警官もいた。


 その騒々しさが増すところへ、大声で叫ぶ男の声。


「大変だあ、車の下敷きになっているぞぉ! 」


 建物の壁で止まっている車の下に、人らしき影。

 すぐさま駆け寄ったのは、女医。両膝そのままを硬い地につき、覗き込む。下にいる者に何度も声をかけるが、反応がないようだ。

 服装や恰好など気にせずうつぶせで寝転び、腕を車の下へ。


「脈拍あり! 大丈夫? 聞こえてたらこの手を握って! 」


 反応がないようである。両膝つきの姿勢に戻し、頭のみを野次馬たちに向け、声を発した。


「誰かぁ、この車、退けてくれない!? 」


 動かそうにも、車の周りに人が倒れているのだから、無理難題と思われた。それでも野次馬集団の後方から近付いてきたのは、作業服を着た中年男2人。状況を確認し始めた。


「先生さんよぉ、この状況じゃ車を退けるのは難儀だが、浮かすことは出来そうだ。それでもいいかい? 」


「お願いします! 」


「よっしゃあ!」とその場を後にしたが、間もなく大勢の男たちを連れて戻ってきた。


「はいはい、ちょいとゴメンよ。どもども」


 モーゼの開海の如く野次馬集団をかき分け、縦列で姿を現した。ヘルメットを冠った日焼けした体格がたいのイイ男衆。近所で工事をしていたのだろうか、ブロックや一斗缶、足場に使う板などを手で運んできた。

 事故車にオイル漏れなどがないか確認し、10数人でゆっくりと持ち上げる。重量物であるはずのモノが、模型に見えるほど、スーッと浮いた。運んできた物で土台をセット、車の下に隙間を作った。見事である。


 再び俯せになり、今度は上半身ごと潜り込む女医。数分後、上体を起こし指示を出す。


「意識レベル200。頭部から出血、首の骨と胸骨折ってるから注意して」


 到着している救急車二台の救急隊員が、動き出す。



 地面に顔を付け、両手を揃え祈るように嗚咽おえつしている、母親の姿。


「お願い、しょうちゃん、目を覚まして……お願い、どうか助けて」


 人目など気にせず泣きじゃくる彼女を横目に、処置を続ける少女。必死さの中に、懊悩さが垣間かいま見える。

 既に10数分経過。さらに時間が経てば、男児の命は危うくなる。胸骨圧迫を続けていたとしても、だ。

 黒髪の少女は意を決した。


「お母さん、聞いて下さい。私もこの子を助けたいと思っています。これからお話しすることをよく聞いて、判断して下さい」


 他人に聞こえないよう、細心の謀。処置を続けながら、転命てんみょうについて丁寧に説明。母親の承諾を得ようと試みていた。心理的に不安定な彼女が理解出来るどうか、は別にして。


「この子が助かるなら何でもします。私の命を捧げてもいいです」


「でもこの子が生きていられるのは一年だけです。その一年間を、有意義に過ごして下さい」


「うっ、うっ、……はい」


「では、お子さんの手を優しく握って下さい」


 胸骨圧迫を一旦休止し、我が子の手を握った母親の手を両手で包む。そして祈ろうとした……のだが、


「やめなさい! 」




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