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第5話  処理される者―2

 

 ◇――――



 2月28日、名古屋拘置所内――


「やめてくれ〜、僕が悪かった。もう止めてくれよ〜」


 三畳程の独房で、壁に向かって土下座し泣き謝る、若い囚人。


「うるさい! いい加減にせんかぁ!」


 ポスト投函口ほどの鉄ドア窓から、注意、と言うより怒鳴り声。窓を閉じる看守の表情は、既に呆れ顔。一昨日から泣きじゃくり、大声での独り言、時に発狂するが如く暴れだすその男に、うんざりといった様子。


彼奴あいつ、どうすればいいんですか? 」


 青年看守が訊ねたのは、顔シワが目立つ先輩看守。


「もう少しの辛抱だ、適当にしておけっ」


「……ったく、あんな奴、生きている価値あるんですか!? 死刑にすりゃあ、いいんですよ! 」


「軽々しく言うな。……気持ちは分からんでもないがな、おかみが決めることだ。俺たちは、移送されるまで問題を起こさず、おりするだけだ。……奴もそろそろネムネムするだろうよ」


 独房の男は、暴れた後は寝る、悪夢で目覚めると暴れる、の繰り返しだった。

 その囚人の名は、加々かがみ伸介。女子高生連続暴行殺人犯である。先週判決が下され、刑務所に移送されるまでの間、拘置所独房で日々を過ごしている、既決囚だ。

 殺害したのは、3人。彼女らを暴行した後、小型ナイフで滅多刺し。暴行は常習で、届け出があるだけでも五年間で13件に及ぶ。

 本人は一貫して『記憶にございません』の立場。物的証拠、情況証拠が揃っているのに、だ。ただ、彼の家庭環境、交友関係の複雑ゆえの、少年期以降の異常な言動も、認知された。残念ながら、責任能力が焦点に。結果、死刑を免れた囚人の一人、となった。


 他被告人らのこともあり、夜は鎮静剤で寝かせ付けているが、日中は手のつけられない有様。そもそも精神的問題のあった囚人だが、これまでが芝居だったと感じる程、一昨日からの変貌が酷過ぎる。昨夜からは発熱や下痢もあり、体調も悪化し始めていた。



 幻覚や幻聴に襲われている、加々見。

 大勢の人たちに囲まれている(ように見えている)。その筆頭にいるのは、血まみれ制服姿の女子高生3人。その他に、彼が記憶している被害者や彼女らの家族、これまで関わってきた人間たちが、現れていた。

 初めは素姿の幻覚だけだったが、金属バッドや木刀、デッキブラシなどを持ち、殴り掛かってくるようになった(らしい)。その都度身体に打痛が生じたり、出血したりするのだ。当然、脳の錯覚である。

 それだけではなかった。潜在的に毛嫌いする両生類動物などが、畳を埋め尽くすことも。さらに、幻覚の彼女らがバケツ一杯のカエルやトカゲらを頭から浴びせたり、口に無理矢理押し込んだりしてくる(らしい)。


 所員に、必死に説明し、独房から出してくれと頼むが、彼にしか見えないもののために、真剣に対応する所員はいなかった。


 独房で逃げ道のない加々見。泣いて謝ると思えば、逆切れするように女子高生らを殴り飛ばそうと試みる。しかし消えることのない幻覚と幻聴。寝ると夢で同じことが起きる。夢か現実かの区別が、なくなっていた。



 3月1日。ついに絶頂の時。

 女子高生から殴る蹴るの暴行後、手足から出血する(ように見える)。すると、血管に沿ってモゾモゾと蠢き、傷口から小さなカエルやトカゲなどが、湧いて出てきた。さらに、胃の中の全てを吐ききっていた彼は、嘔吐する度に口や鼻からも、それらが出てくる。出てこないように両手で口鼻を抑えるが、息が苦しくなり手を放すと、湧き出してくる。

 体中から出てくる生物たちを殺すため、手で殴り続けた。そう、自分自身を。 

 その繰り返しの中で発狂の、囚人。独房の壁に頭を何度もぶつけ、顔をぶつけ、体ごとぶつけだす。身体に這う生物を押し潰すために……。

 鼻の骨が折れ、歯が折れ、眼球が瞑れ、頭蓋骨が割れ、骨々が折れても、意識のある間、壁にぶつかり続けた。


 これまでと違った物音で、その狂気な行動に気づいた看守。慌てて仲間を呼び、解錠し、抑止しようと……だが、時すでに遅し。

 全身骨折と出血の男は、病院搬送されることなく死亡が確認された。23歳囚人の最期である。


 怪奇な状態であったため、警察の判断により自殺で処理される、ことに……。



 ***



 翌日――


 開く自動ドアから出てきた、黒ベースに赤ポイントのバッシュ(バスケットシューズ)、モスグリーンのカーゴパンツを着こなす、人物。

「ビュビュッ」と電子音を発するブラック車の左前ドアを開け、勢いよく乗り込んだ。白色ビニール袋の中から大きめの缶コーヒーを取り出し、その他は袋ごと助手席に、ほおった。

 缶の蓋を回し開けることで、微妙な湯気がモワッと立ちあがる。それを少し荒れた唇まで、運んだ、時。

「ズキューン ズキューン」という、何ともケチのつけ難い、デジタル音。

 口一杯に流し込み、蓋を閉めた缶をカップホルダーに収めた後、右手をポケットに。取り出したスマートフォンには、メール受信のらせ。左手でエンジンONを押し、右手ではスマホのロック解除。

 メールの相手は、“YOU”。件名は、“Result”。

 タップすると、添付された画像のみが、画面を占領していく。それは……壁、床がランダムに血のりで彩られた、殺風景な独房だった。

 女は満足したのだろう。口角を上げニヤつかせたまま、愛車を発進させた。――



 

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