(差込)容疑をかけられた者(1)
2017年8月30日 差込
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「彼は犯人ではないと? なぜそう言い切れるのですか? 」
「3人目の被害者が出たからです」
「しかし専務が亡くなったのは、やはり口封じ」
「いいえ、警察だけでなく報道陣の目もある中、予定通り、いやこの場合は、告発文書の通り手を下すのは、あまりにも軽率です。国政を狙う今の彼がそれを行うとは、到底考えにくい」
「それはそうですが、だからこそ邪魔となる自らの影をどうしても排除しておきたかった、とは考えられませんか? 」
「可能性はゼロではありません。では逆にお伺いします。長年地元のために貢献してきた彼が、こんな事件を起こして政治家の道を閉ざすと思われますか? 」
相手は首を横に降った。彼を知る地元ジャーナリストとして、信じたい気持ちが強いことを、示してくれた。
「私の予想では、彼自身も邪魔者であり、次のターゲットは彼ではないかと……」
「か、彼も、狙われている、と!? 」
私は確信を持って、頷いた。ただ「病死、事故死または自殺と見せかけて」、と付け加えた。
この事件は先月ゴールデンウィーク中、引退していた多可町元町長が死亡したことから始まった。当時は一般的な交通事故死として処理されたため、地元メディアの報道のみだった。
それから約二週間後、不動産社長が亡くなった。経営も順調で、前日まで元気だったという社長の飛び降り自殺は、波紋を呼ぶ石となった。
同町に建設中の施設誘致に関わった、2人。彼らの死に疑念を抱くような、SNSでの口コミが俄かに、出回り始めた時だ。その流れで炎上するような画像が意図的に、いや、悪意的にアップされた。それは匿名の告発文書画像と、三枚の写真だった。
誘致における贈収賄疑惑があること。口封じに2人は殺されたこと。次は建設会社専務が殺されるだろう、という内容だ。
誘致決定時の町長、土地売買に関与した不動産社長、入札で勝ち取った建設会社の専務、この3人と金銭授受があったと記されていたのが、現兵庫県議会議員回道正志だ。写真とは、議員と関与する3人が別々に密会している場面だった。
(これじゃあ密会かどうか、疑わしいな)
施設については昨年から興味を抱いていた私も、この事件は無視するわけにはいかなかった。
施設の存在を知ったのは、数年前。
経産省や厚労省、環境省などに勤務している大学時代の同期、先輩後輩やサークル関係の友人と酒を交わしながら情報を得ること、が稀にある。
経産省勤務の友人と愉しく酒を交わしていたある日、施設について語ってくれたことがあった。
補助金を高額投入することになったこと。総務省や法務省なども期待している、未来の日本にとって重要な施設になること。そのプロジェクトに自分も関わりたかったが、二つ下の後輩に奪われショックだったこと。
選ばれなかった理由の予想として、三つ歳上の鳴伏という上司と価値観相違があること。そんなぼやきを、聞いていた。
そのことを脳の片隅に放っていた。が、ある特集記事の写真を目にした昨年夏、端からセンターへ引っ張り出し、主たる役として盛り上げられるのか、調べてみた。施工中の現地も視察した。防塵幕によって見えなかったが。
……疑問が、生じた。
敷地面積約九万平米、建築面積約七千平米、地上二階のコンテナ型データセンターを併主設した平準的建物。大型の受信アンテナシステム、高性能サーバーおよび管理設備諸々。これらを専門家に概算させてみた。投資予算額が何倍も上乗せされていること、工期が一般的なものと比較して長いことが、判った。
裏があると察した私は、情報収集していた。
そこでキーパーソンになったのが、尽力していた一人、回道議員だ。取材を二度受けてくれた。ただ、機密情報である範囲は話せないこと。さらに私から初めて聞いた情報もあったほど。当然だが……。それ以外は、誠実さを感じるほど、丁寧に応えてくれた。
しかし、黒い噂が別方向から流れ始めてしまったわけだ。
SNS炎上のタイミングで、関西地区の各メディアはハイエナのように、貪る。議員の事務所と自宅、建設会社と専務宅、不動産会社へと。
疑惑については全員が否定し続け、進展なく数日が経った。事件性なしと判断した、警察に動きはなかった。
しかし、状況が一変する。
罪人扱いの男に追い打ちとなる出来事が、起こった。元町長の交通事故死の加害者が『回道議員の秘書に頼まれた』と警察へ告白、というSNS投稿が出た。警察も告発の事実を認めた。
過熱報道とSNSでの警察批判も相次ぎ。議員秘書の取り調べのみならず、不動産社長自殺の件も再捜査することになったようだ。
その矢先。警察も報道陣も注視はしていただろうが、シナリオは進んだ。
6月4日の夕方。建設会社専務の変死体が、発見された。
贈収賄疑惑および関係者3人の死に、何らか関わっているとし、議員周辺の捜査が強化された。本人は当然、完全否定。物的証拠、状況証拠も不足しているため逮捕に至らないが、世間の目は厳しくなったのは事実だった。
私だけは、違った。そう、彼は嵌められた、と。




