第42話 否定する者と確信する者(2)
「結構苦労しました。宗教学者、神道祭祀学者、日本古典学者、宮司、住職、新興宗教教祖……色々な方に取材しました。
二十年以上前、今と同じような事件が連続して起きていることに興味を持った宗教史に詳しい教授が、呪術などを詳しく調べていました。他の祭祀学の教授にヒントをもらい、可能性の一つとして出てきたのが、呪術師とは異なる存在。それについての文献が少なく、苦労したそうです。
そこで私も協力させて頂き、今回徹底的に調べました。そこで見つけたのが、奈良時代から存在しているとされる、五つの奉術師。その一つ、命を操る、えぇ〜っと、何と言いましたか……そうそう、命毘師と呼ばれる一族『橋神家』の名が記載されていたんです」
ここでも、彼女の驚きの表情が窺えた。反応してくれることは、嬉しい限りだ。
「私は連続死亡事件ばかり追いかけていましたから、蘇らせることなんて、全く頭にありませんでしたからね。新たな切り口として、『橋神家』についても調べてみることにしたんです。まっ、これも苦労しました。家系図があれば楽だったんですが、ね。
初めは資料に書かれていた、川の橋と神様の神の“橋神”の姓で調べていたんです。でも、ネット電話帳で確認しても出てこなくて……。『時代によって、漢字が替えられることもある』と聞き、国内の“はしがみ”の姓を全て調べました。勿論、端に上の“端上”の姓も、です。
そんな矢先、ある噂的な情報が耳に入ってきましてね。一ヶ月ほど前、大阪で死んだはずの人が生き返ったと……。知人に調べてもらいました。前日まで元気だった暴力団幹部が突然精神的異常をきたし、二日後の朝心臓発作で亡くなったそうです。これは“加害者連続死亡事件”に似た出来事だと感じました。ただ、なぜか彼は警察病院へ搬送され……そして、生き返った。
そこで、一つの仮説を……その幹部は、警察と取引をしようとしていた。それを邪魔するように誰かが取引前に殺した。警察は病院へ運び、ある人に頼んで生き返らせた。つまり……死を操る奉術師が殺害し、命を操る奉術師が助けたのではないか、と……。
その幹部が生き返った時の部屋に、未成年らしき女性がいた、という情報も得ました」
再び彼女の目と口元が、反応してくれた。
「やはり君でしたかぁ。……未成年をヒントに、親の歳、祖父母の歳を想定し絞り、調べました。結果的には、先日お亡くなりになったおばあ様の訃報記事を発見。おばあ様の娘、菜摘さんが十五年前に亡くなられていること。そしてその娘、現在高校生の端上レイさんがこちらに住んでおられるということ。やっとのことで辿り着きました。それも二日前のことです。
私はラッキーです。すぐに君の力を知ることが出来て。もう少し遅かっ」
「勝手に調べないでください! 」
途中で遮られてしまった。彼女によって……。
「これ以上私に付きまとうようでしたら、警察に訴えますよ」
確実に怒っている彼女の眼、その横に立つ宮司の冷ややかな眼。少し間を置き、切り口を変えた。
「その警察……大阪の警察は奉術師の存在を知っていることに、いや、知っているどころか、その力を借りている。……全国で奉術師の活動があると考えれば、大阪のみならず全国の警察組織は、奉術師の存在を認めている、と想定出来ます。
そうであれば、ですよ、事件に巻き込まれ亡くなっている人は大勢いるわけですから、端上さんのような人が生き返らせれば、その人たちは助かりますよね。その時点で助けることが出来れば、被害者家族は加害者に復讐する必要はないんじゃないか。殺害しても生き返ることが公に分かっていれば、殺人も減るのではないか……と、思っているわけです。なぜ、それが出来ないのか?
……レイさんは、そう思いませんか? 」
先ほどの厳しかった彼女の目つきが、少し変わった。力んでいた口も、少し開いている。
(そうかもしれない)
と、私の意見に納得してくれたように、感じた。しかし、どう応えればよいのか分からない、そんなポーっとした面持ちの彼女を見ながら、応えを待っていた。が、代わりに応えてくれるお節介の老人がいる。
「あんたの言いたいことはよう分かる。ただ、この力は公にしてはならん。警察であっても同様だ。この世に悪い奴らがいる限り、必ず力を悪用する者が現れよる。
それに、全ての人にこの力が効くわけではない。レイも自分の力を知ったのは最近じゃ。いつか力を捨て、1人の女性として生きる道もある。
わしはこの子のばあさんと約束した。危険な目に遭わせたくないんじゃ。だからあんたも、これ以上関わらんでもらえんか」
女子の背中に手を回し、家に連れて入ろうとする水恵という宮司。それに従うように、足を遠ざける命毘師である少女。そうはさせまいと、最後の質問を仕掛けた。
「では最後にもう一つ。端上レイさん、この加害者死亡事件の容疑者が奉術師とするなら、どう思われますか? 」
自ら足を止め、寸刻してコチラに身体を反転、鋭眼で言い放つ。
「絶対に許しません! 誰であろうと人の命を奪うなんて。私の力が必要とされるなら、いつでも助けるつもりです! 」
再び宮司の誘導のもと家に入り、玄関は閉じられた。
彼女の言葉で、不安が安心に、不信が確信に、そして不満が満足に変えることが出来た。心中の喜びを顔だけに出し。神社を離れた。
決めていた次の目的地&面会人に向け、動き出す。3人目の被害者が出てしまった、ために……。
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