第41話 否定する者と確信する者(1)
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
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6月5日夕方――
それほど広くないある神社の境内を、歩いている。広くない、と言っても狭くはない。バスケットのコートが二面ある一般的な体育館が、スッポリ収まるくらいの敷地はあるようだ。
鳥居を背にして、右手前に手水舎、正面に本殿があり、左手に社務所と住居スペースがある。鳥居の外には、三十台ほどの駐車場スペース。そこから、道路を挟んだ向こうを見ると、水平線が見える。景色の良い場所に、その古社はある。
境内右手中程にちょっとした建家があるのだが、その前に神社由来の解説している看板。
ここは水の神様を奉っている。海岸線沿いだが、海面から20メートル強の海抜であり、周囲には高い山はない。
平安時代、日頃から水の少ない土地で、生活水や農作物のための水に困っていた地域。ある時、少ない井戸水から疫病が広がった。子どもや年寄りが命を落とし、村が滅びる危機に陥る。それを助けたのが旅人の女。祈りながら流した涙が、井戸水に落ちると、微量かつ腐敗しつつあった井戸から奇麗な水が溢れ始めた。村中の井戸全てが奇麗な水で潤い、かつ田畑もその水によって豊作になった、という逸話が書かれていた。
建家内部に当時の井戸があったらしい。今は井戸跡として石垣に使っていた石だけが残されている。
それ以来、水の神のみならず、健康・病気平癒・豊作の神が奉られ、近年はダイエットの神様としても人気があるようだ。
そんな由緒ある境内を歩く私を、参拝客と思ったのだろう。確かにお参りもしたが……。
「こんにちはぁ」
明るく挨拶をしてきた女性の声で、見ていた小枝から視線を変えた。両手で持つ黒の学生カバンを前に持ち、会釈する礼儀正しさと笑顔を見せる、セーラー服の少女。
彼女が帰って来ることに、気づいていた。駐車場から歩いて来る彼女に。住居側の玄関に近い、何の種かも知らない青々とした木を見ている、ふりをしていた。
彼女の挨拶に、ニコッと笑顔で返す。そして、挨拶ではなく、別のセリフを発することにした。
「命を延ばせるとは、驚きですね」
「えっ? ……な、何のことですか? 」
目元と口角から笑みが薄れ、表情は微妙に強ばっている。瞬間にとぼけたようだが、バレバレ。そんな彼女に近づき、胸ポケットに収めていた名刺を、渡すことに。
「柳刃です」
「柳刃、公平……ジャーナリスト! 」
動揺を隠せない少女は、慌てて家の中に入ろうとする。足止めするために続けた。
「一条和彦さん、っていいましたよねぇ、確か。昨日病院で見てたんですよ、君を」
立ち止まってくれた。ただ背を向けたままだが……。
「一度息を引き取った人間が蘇生した。いや、君が甦らせた、その力で」
女子高生の肩がピクッと上がったところを、見逃していない。だが、まだ背中を向けたまま、である。タイミングに少し間はあったが、反応はしてくれた。
「何をおっしゃっているのか、分かりません」
振り返り否定する彼女に、先ほどの明るい笑顔はなく、厳しい目に変わっていた。
「君を攻めようとしているわけじゃないんだ。君の意見を聞きたいと思ってね」
「なっ、何を、ですか? 」
「“加害者連続死亡事件”について」
「ぅ! 」
(この子、素直だなぁ。分かりやすくって楽だけど……ハハッ)
「知ってるようだね。……私はその事件を追ってる者ってことで」
「あっ……あの記事は、あなたですか? 」
「そう。なぜ、あんな事件が立て続けに起きているのか知りたいんだ。でっ、調べているうちに、君のような力を持つ人たちの存在を知った。そこで辿り着いたのが、君ってこと」
相手は口をつぐんでしまった。
四、五呼吸した頃、玄関が開く音。私も彼女もそちらに視線が移る。立ち話している声が聞こえる場所にでも、いたのだろう。ゆっくりと出てきた和服の老人。ここの宮司であると察する。
「レイは、その事件に全く関わっておらん。帰ってもらえんか」
「水恵さん」
彼女は少し安堵している様子。ただ老人が出てこようと、お構いなしに続けた。
「端上さんが事件に関わっているとは考えていません。端上さんの力は、奪う者ではなく与える者だからです。私はオカルト系がどうも苦手で、というより信じてなくて……根拠も証明もないですし、自分で直接確認したことありませんでしたから。……ですが、昨日病院で起こったことを目の当たりにして、信じざるを得なくなりましたよ。
つまり、与える力が存在するなら、奪う力もあるということを前提で、調べる必要が出てきたんです」
「誰から聞いた? 」




