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ヴィタリスト =命と闇の合従= <ミングル編>  作者: 柳刃公平
第四章 志(インテント) 2017.8.30改造
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第40話  信じる者は救われる者

 


 

「レイさん! 和彦が! 」


 息を荒立てながら叫んでいる見覚えのある顔が、車中を覗き込んでいる。

 意気消沈し、泣き疲れ、意識がどこかへ浮遊しているレイと呼ばれた女子には、男が何を叫んでいるのか、理解していない。いわゆる放心状態。


「レイさん! 早く! 」


 二度目の叫ぶ声に意識が戻り、焦点が合う。我に返ったように。


「! 」


 タクシーの運転手のことなどお構いなしに、抜け出す。

 彼の後を懸命に追った。永眠したばかりの一条和彦のいる、部屋に。先ほどの静けさはなく、医師と看護師が肉体に処置している。


 まさか!? まさか!


 顔をぐしゃぐしゃにし涙ぐむ一条母は、息子のために懸命になってくれた彼女を、抱擁した。そして、


「レイさん、ありがとう。ありがとう。……本当にありがとう」


 先ほどの涙とは違う涙を流すことが出来た、レイがいた。




 夜勤看護師たちによって個室に移動する、一条たち。まだ眠ってはいるものの、シッカリと呼吸している……穏やかに。

 一条母と病院側の承諾を得て、今晩は泊まることに。再度、保護者に電話を入れ報告した。その経過を聞いて彼も喜んだ。そして讃えてくれた。


 待たせてあったタクシーの運転手には、そのまま帰還してもらう。病院夜警のおじさんと同期らしく、寛容ある運転手だった。


 和彦の寝顔を見ながら3人とも、安堵している。


「レイさん、私たちは一生貴方へのご恩を忘れないわ。主人も和彦も助けてもらった。感謝しても感謝しても、しつくせないほどです」


 照れながら首を横に振る彼女に、母は続ける。


「和彦の残りの人生を有意義に過ごすために機会を与えてくれた。あのままだったら、私たちは寂しく悲しい日々を送っていたのかもしれない。主人の時もそう。主人があの時いなくなっていたら、私たち夫婦は喧嘩別れで終わっていたのよ」


 そのことは、一条兄も同感した。父との三ヶ月間が、今までにないほど充実していたからだ。


 その後何事もなく病室で朝を迎える。先に目覚めたのは……


「……どこ? 」


 ウトウトしていた3人とも、彼の一声で起きた。

 意識の戻った弟を見て、看護師を呼ぶ兄。数分後、看護師と昨夜処置してくれた医師が入室、簡単な診察を受ける。今のところ落ち着いているという判断である。


 後輩がいることに気づいた、和彦。なぜ彼女がいるのか分からないだろうが、優しく微笑んだ。彼女も笑顔を見せ、そして唇をゆったりと無音で動かす。


「ありがとうございます」




 学校へ行くため、一旦帰宅することに。

 母と再び抱擁し、兄と握手し、「また来ますね」と先輩に挨拶し、病室を後にする。呼んであったタクシーに乗り、水恵の待つ神社へと帰っていく。


 病院を去る、その女子高生の乗ったタクシーを見ている1人の男――レイの能力に興味を抱く者が、そこにいた。



 ***



 授業に集中出来なかったその日の夜、食い入るように伝書を読み漁るレイ。

 昨夜の寝不足をものともせず、高揚している心理状態。一条和彦が息を吹き返したことは、これまでにない喜びである。自らが命毘師であること、母からもらった“力”に感謝している。


 ただ、今回の件がなぜ起こり得たのか、疑問が残っていた。一度命上者(みょうを与えた者)になった和彦が、なぜみょうを受けることが出来たのか……。根拠なき淡い期待を持ったのは彼女だったが、実際目の当たりにして謎が生じたのだ。


 生を受けた時点で人間の寿命は定め、である。その寿命で亡くなる者に対しての転命は不可が掟、である。つまり、彼の寿命を縮めたのは若き命毘師だが、寿命で亡くなったのか事故死なのか、不明だった。もし目覚めなかったら、命毘師が引導を渡すことになったのだ。あってはならない、失敗である。

 しかし、彼の復活は紛れもない、事実。彼の寿命が残り僅かの時に事故死、つまり“他者死”と判断しても、不都合はない。


 そこで命毘師レイは、考えた。「一条和彦が実父にみょうを与えたのは、三ヶ月分のみ」という前提で、“九ヶ月分”のみょうの受け入れが可能だったのではないか、ということだ。伝書の中に、『転命可能な期限は元の“寿命まで”』などの説明は、見当たらない。今回の転命で和彦が命を延ばした期間は“九ヶ月間”、と予想することが出来る。当然、元々の寿命までかもしれない。その結果を観察するように待ってはいられない、が……。


 もう一つの成功因子、と考えられること。


<連拡転命>――2人以上の転命を同時に行なうこと


 彼女は今回、命上者を母と兄の2人にお願いした。伝書の中で、複数人の手が握り締められている絵をふと思い出し、この方法を選んだ。


 人数が増えることで、1人当たりの減るみょうが少なくて済むこと、また命毘師みょうびしによっては複数人のみょうが重なることでエネルギーを倍増させることが可能であること、などと記述されている。

 原理的には、1人でも2人でも同じ。

 転命とは端的に言えば、エネルギーの移動。とすれば、1人よりも2人、2人よりも3人と増えることで、1人あたりのエネルギーは少なくて済む。もしくは人数倍に膨れ上がることも出来る。


 注意点も書かれていた。

 命毘師が未熟の場合、命上者個々人のみょうに大きな差があり過ぎると、みょうの高い者の負担が増えバランスを崩してしまうこと。過剰なみょうの移動によって、三者とも危険に冒されること、などが記されていた。つまり、命毘師の使い方によっては、吉にも凶にもなるというものだ。

 これが、一条和彦の蘇生よみがえりと関わりがあるのかどうか、など彼女に解るはずもない。


 これ以外、女子高生の想像の域を超えることはなかった。ただあの時、信じた結果が彼の蘇生よみがえりをもたらした。


 確実に言えること……端上レイが、命毘師としての力を高めていることは、誰も否定できない。



 

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