表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィタリスト =命と闇の合従= <ミングル編>  作者: 柳刃公平
第四章 志(インテント) 2017.8.30改造
42/109

第38話  今そこにいる者

 

 昼間の不吉な予感が、的中。彼女はこの日、和彦の手から何も感じなかったのだ。すぐにこの時が訪れるとは、思いもよらなかった、という。


 他の先生が運ばれた病院名を、叫んでいる。そして教頭と担任の先生が病院に向かう、という状況を理解した。

 職員室奥の席にいる教頭に近づく。


「教頭先生、私も、私も一緒に。連れて行って下さい」


 いつも明るく元気な女子生徒が、悲しそうな面持ちで何かを訴えてきている。彼女をジッと見つめながら、一言。


「なぜ君が? 」


 教頭の反応は当然である。親族でもない一生徒を同行させる理由が見つからない。仮に付き合っている仲だとしても、学校側として彼女を特別扱い出来ない、はずだ。


「私の、私のせいかも……」


 彼女が一条の父を応急処置で助けたことは、知っている。だが一条和彦の事故が彼女に関係あるとは、到底考えられない。意味不明の返答に対応出来ない教頭。


「教頭先生、準備できました」


 三年B組の担任の報告で、目の前のレイをそのままに出掛けようとする教頭。その行く手を阻むように彼女も、立つ位置を動かす。

 鬼気迫る彼女の形相が教頭の気持ちを、変えた。いや、急ぎたかったため断固拒否する理由もなかった、のかもしれない。


「……わかりました。では一緒に行きましょう」


「あっ、ありがとうございます! 」


 深々と上半身を倒した。


 職員室の入口に立っていた涼夏に、歩み寄る。一部始終を見ていた真友は何も言わず、力強く頷く。レイも頷くことで応えた。以心伝心のように。




 病院へと向かう後部座席で、口と目を閉ざし座っている女子は、何を思い、何をしようとしているのだろうか。

 ただ明確になっている掟がある。転命によって“みょう”を与えた人間は、一生涯、“命”を受けることは出来ない。与えるだけである。一条和彦は父に“命”を与えた。つまり受けることは出来ないわけだ。そしてもう一つ……。

 そのように理解している、はずである。ただ、……じっとしていられなかった。彼女らしい。



 病院に着いた先生たちと生徒。

 受付で確認し、三年B組の生徒が治療しているICU室へ急ぐ。そこに3、4人ほどの人たち。


「一条さん」


 廊下の長椅子に座っている女性が、顔を上げる。


「あっ、教頭先生」


 立ち上げってお辞儀をする和彦の、母親。


「お忙しいのに、申し訳、ございません」


 化粧をしていない顔に、充血した目と腫れぼったい瞼は、目立つ。


「ご主人様の件もあるのに、和彦君まで……本当に何と言ったら……」


 再び座り込み、ハンカチを持つ両手で顔を覆い泣き出す母。彼女のそばにいた男性が、代わって語りかけてくる。


「和彦の兄です」


 軽く会釈する彼にレイも一礼。六つ離れた兄とは面識があった。

 兄弟の父親を助けた事に対して、『どうしてもお礼をしたい』ということで、一度だけ一条家へ涼夏と共に、夕食を御馳走になったことがあった。その時に会っている。


「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。和彦は今あそこに……。まだ意識が戻っていません。検査では内臓出血も骨折もなく、外傷も大したことないようです。ですが打ち所が悪かったのか、心拍が弱くかなり危険な状態みたいで……。今はこうやって見守るしかなくて……」


「そうですかぁ。……どんな事故だったんですか? 」


 教頭と一緒に来た女子生徒も、訊きたかったはずである。

 まだ駐車場にいた警察官からの情報を、兄は教えてくれた。

 現場は緩やかに弧を描く、山手側の県道。反対車線の中型トラックが、和彦めがけて突っ込んできたらしい。運転手は『子どもが飛び出してきたので避けようとしたら、操作を誤った』と言っているとか。ただ、子どもが現場で見当たらないこと、子どもが飛び出してくるような場所でもないこと。証言に対する疑念が、運転手の事情聴取を長引かせているらしい。

 幸いなことに、和彦は直接車に跳ねられていたわけではなかった。が、接触して倒されたのか、避けようとして転倒したのか、現状では不明。事故現場で倒れていた、という事実のみだった。


 先生たちの会話をよそ目に、ICUで治療を受けている様子を伺う、レイ。彼がICUにいては触れることが出来ない。歯痒い想いで見つめるしかない。視線を外し、和彦の母親の横に座った。


「おばさん」


 彼女の丸めた背中に手を、軽く置いた。


「レイ、ちゃん」


 一旦視線を合わせたが、また泣き続ける。そんな一条母の片手はレイの腿の上に置かれていた。黙ってその手を握り、寄り添った。

 母には訊ねられず、一条兄に投げかける。


「お兄さん、おじさんは? 」


 一条父は午前中に亡くなっている、と和彦から聞いていた。


「父の方は、祖父と叔父に任せてある」


 納得したように、再びICUとにらめっこ開始。




 30分くらい経ったであろうか。


「端上さん、私たちはそろそろ学校に戻ろうと思うんですが、どうしますか?」


 進捗変化ない中、教頭たちは帰校することに。


「私なら大丈夫です。もう少しココにいます」


 教頭と和彦の担任は、一条家に軽く挨拶してその場から離れていく。

 廊下を歩く先生たちの後ろ姿を意味なく見ていた女子生徒は、その向こう側でコチラを見ている、見知らぬ男に気づく。が、すぐに姿を消した。気のせいか……あまり気にも止めずにいた。


 暗くなり始めた頃。


「レイさん、おうちは大丈夫? 」


「そうですね。電話をしてきます」


 病院の玄関外まで移動した。


「水恵さん、すみません。帰りが遅くなります」


「涼夏から聞いておる。……じゃが、レイ、無理はするな」


「……はい」


 何を言いたいのか、理解しているようだ。


「帰りは、タクシーで帰ってきなさい」


「はい。ありがとうございます」


 申し訳無さそうな表情。電話を切り、行く場所へと足を向けた。


 その時だ!



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ