第37話 不吉な予感の少女
平日であれば学校を休むことになる、命毘師としての緊急出動。
体調不良を理由としているため、涼夏が過剰な心配をし始めていた。病欠したことなど、小学五年頃に流行風邪で休んだ、時以来だったからだ。
涼夏に隠し事をしていること、嘘を言っていることが彼女にとって、辛くなってきた。しかし『話すべきではない』と、相談する度に水恵から念を押された。
理解はしていた。それに、正直に話したとしても、信じてもらえるかどうか……。
祖母が亡くなったショック、生活環境の変化、神社の手伝い、勉強などの多忙による疲労、を理由にするしかなかった。
***
6月3日――
授業中、ウトウトする女子高生。隣席の女子にペンで腕をつかれた。
頬を赤く染め、恥ずかしそうに舌先を出しながら照れ笑いする、レイ。ハードな日々が続いていた。
昼食時間。
毎度のメンバー4人で二つの机を囲み、ランチ。水恵夫人が毎朝作ってくれる、レイの弁当。子どもたちに作っていた昔の事を思い出しながら、楽しく作ってくれていると言う。
「レイちゃん、大丈夫? 最近疲れてない? 体調崩してるし」
涼夏が心配してくれている。他2人も同様の反応。
「うん、大丈夫。最近ちょっと、神社にある本を読んでいて夜更かししちゃうの。ハハハ」
「もしかして、レイは女宮司(神職)さんになるの、かな? 」
からかう優美。それには笑って誤摩化すしか、ない。
「え〜まさかぁ〜 ハハハ」
「女宮司のレイ、結構似合うかもよ〜」
その姿を想像しながら、笑い合う。
食べ終わる頃、教室内の女子らが、ざわつく。
詩遥が腕を指で突き、アイコンタクト。それで気付いたレイの視線の先に、一条和彦がいた。近寄ってくる彼とは、4月の祖母の葬儀以来である。
「端上さん、ちょっといいかなぁ」
「はい」
椅子から腰を上げると同時に、涼夏たち3人はスーッとその場から距離をおいた。
「ちょっ」
ちょっと待ってよぉ、と言う前には、もう散っていた。3人は気を遣ったつもりなのだろうが、人気者の男先輩に指名された女後輩にとっては、一緒にいて欲しい気持ちが強かったのだと思う。教室中を見渡すも注目の眼差しが、気になって仕方がない。微妙な表情のまま、180センチの先輩を見上げる。
「さっき母から連絡があった。父が亡くなったんだ。会社で倒れて病院に搬送された。けど、そのまま息を引き取ったらしい」
「ぇっ? 」
声になっていない。突然の報せに唇は閉じず、虚ろな目に。周囲の視線など一瞬にして消えたように、彼を凝視している。
「ど、どうして? 」
俯き加減になりながらの問い。
「持病の心臓だと思う。まだハッキリとは聞いてないけど。……でも、あの日端上さんに父が助けられていなかったら、こんな気持ちにはならなかったと思う。あれ以来父との時間を大切に出来たと思っている。将来についても色々相談出来たし。三ヶ月ほどだったけど、とてもいい時間を家族で過ごせた。君には家族皆が感謝しているよ」
そのコトバで顔を上げた彼女の目には、微笑む先輩が映る。余計に涙腺を緩めてしまう。
「じゃぁ」
そのまま立ち去ろうと歩き出す、和彦。
人目など気にせず、彼の背中に深々と一礼した。感謝されることにではない。自分の足らなさを感じた――申し訳ないと思ったのだろう。何故なら、一度受けた者は二度目がない、それが転命の掟である。それに、彼の父を助けた時は、まだ“力”について知らされていなかった。つまり、方法を知らずに、ただただ助けたのだ。
寸刻、表情は悲哀から青ざめるような驚きに、変化した。申し訳ないという気持ちを打ち砕くように、ある事が脳裏に宿った。
「三、ヶ月?! 」
転命は一年が一つの区切り、と伝書に書かれていた。真友の母は、一年だった。しかし、先輩の父は、三ヶ月……
「なんで? 」
不吉な予感が過った。見えざる手が胃の上部を、強く握り締める感。腕で涙を拭き、教室を出たばかりの彼を、追った。
「一条先輩! 」
キュッと立ち止まり、走り寄る声の主を待つ。息を荒立てながら彼を見つめるも、どのように伝えたらいいのか、コトバが出せないでいる。
「どうした? 」
「……先輩、元気になるおまじないをしたいので、手を貸して下さい」
後輩の不思議なセリフに戸惑いがあるのか、すぐに手を出せない。
「いいですから」
彼の左手を強制的に取る。彼も力まず、彼女に任せた。
「一条先輩が元気になりますように」
このコトバは彼女の演技。あることを確認したかった。一条和彦という人間の、命の強さ、つまり寿命の長さ……。感知できるまでに成長していた彼女は、先輩のバロメーターチェックを試みた。
電子周回パターン、もしくは月の満ち欠けパターンで把握できる、らしい。人によって違う。
前者なら、白色の丸っぽい光を中心に薄オレンジ色の丸っぽい光が二つ、周回している。その電子的光の強さと周回スピードが寿命の長さに関係している。光一つが寿命の50%に値する。後者なら、晦日(月末)は寿命がないことを意味する。
しかし……嫌な予感が的中したのだろう。目が虚ろになり元気が失せていく、高校生命毘師。握る手も緩くなる。
「端上さん、ありがとう。僕は大丈夫だよ」
彼女はコクッと軽く頭を動かし、手を離した。
父を亡くした自身より落ち込む、女子の表情に不思議さを感じながら、再び伝えた。
「ありがとう」と。
俯いたまま、彼に返す言葉はない。
(まだ自分の力が足りないのでは? だから、間違ってるんだ)
と、自分に言い聞かせているようにも見える。大粒の涙は両下瞼で、待機している。顔のパーツパーツが、悲しさと悔しさを現していた。目尻に皺をよせ、奥歯にも圧をかける。鼻先と耳はピンク色を増した。
心の中では叫んでいる、かもしれない。
(絶対違う、絶対違う、私の間違いだ)
何度も、何度も、彼女の悲鳴が木霊するように。
先輩はそこにいないが、立ち尽くしていた。教室近くの廊下で、背を丸め落ち込む彼女の背中を見つめている3人もまた、レイの寂しさが伝わってきている。
身の入らない午後の授業も終わり、レイと涼夏は教室を出た。午後から落ち込んでいる真友を気遣い、涼夏はただ黙って一緒に廊下を歩く。
履き替えるため靴箱に近づいた時、1人の先生が『走るな!』と張り紙されている廊下を走り、慌てるように職員室へと入っていった。
ふと職員室の窓から見える先生たちに注視する、2人。慌てている先生、動かない先生、電話で叫んでいる先生がいる。
直観的に職員室へ駆け込み、入口付近に立っていた先生に訊ねた。
「何か、あったんですか? 」
若い男の先生は何の迷いもなく、小声で教えてくれる。
「三年B組の一条君が事故に巻き込まれたらしい。お父さんの件で早退したんだが……」
血の気が引く、胸の中に異物が混入する、そんな応えが返ってきた。




