(増話)託された者
2017年8月30日 差込
「勘違いするな! お前自身が寿命を縮めたわけじゃない。亮介は、自分の命に変えても美紀さんを助けたいと、強く願ったのではないか。
先輩も同じだ。自分の命より父親の命を心配したのではないか。……お前は、その橋渡しをしただけなのじゃ! 」
少女の視線は、畳から上げられずにいた。老人はトーンを抑え、ゆっくりと説明を続けた。
「わしにも原理は分からん。ただ、亮介や先輩のように『自分の命に変えても』、という強い想い、強い念がない限り、他人へは伝わらない。お前がどんなに助けたいと思っても、当人たちにその想いがなければ、伝わらんようじゃ。……それが転命の掟、と聞いておる」
少女は黙り込んだ。呆気の状態。
「病室でおばあさんの手を、お前は握って祈った。じゃがあの時、『効かない』と言われたはずじゃ。そこに寿命を与える人が、いなかったからじゃな。……
お前自身の寿命を誰かに流すことは、出来んらしい。『効かない』と言うのは、そういうわけじゃ」
水恵のコトバを理解しようと、真剣な眼差しが彼を突き刺す。
「レイ。御世ちゃん、おばあさんに忠告されたこと、憶えておるか? 」
「……お前の力は、人様のためのもの。絶対自分のために、使ってはならない。自分のために使えば、身を滅ぼす」
震える小声だった。
「『人様のため』というのは、“愛する人のために自らの寿命を犠牲にしても、助けたい人のために”、ということじゃ。そして『自分のために使ってはならない』とは、“自分の満足のため、自分の思いのままに、その力を使ってはならない”ということ。……
しかと心得よ! 」
首肯。間を置いて訊ねる。
「なぜ……なぜ私に、そんな力が? 」
「家系じゃ。端上家は先祖代々受け継がれてきた。
転命の術を使えるのは、古来より、命毘師という特殊な者のみとされておるらしい。端上家は、命毘師の家系なんじゃよ。……
お前の高祖母、そして母親の菜摘さんも力を受け継いだ1人じゃ」
「お、お母さんが?! 」
「ウム。……菜摘さんに力があると分かったのは、4歳くらいの頃だったか。
御世ちゃんが最初に気づいた。手をつないで散歩してる時、『輝いているものが視える』と言ったらしい。試しにわしの手を握ったら輝いているが、わしの父の手を握ると、『あまり輝いていない』と答えた。わしの父は一年もしないうちに突然亡くなった。菜摘さんは既に寿命が視えていたんじゃよ」
母親のことをあまり聞かされたことのない娘は、話しに色めき立つ。
「御世ちゃんは菜摘さんに、少しずつ力の使い方など教えた。初めて転命を行なったのは、確か、8歳くらいだったかのぉ」
駅の近くにあるコンビニエンスストアは昔、酒屋だったらしい。そこの以前の店主が急死した時の話だった。
店の手伝いもろくにせず、ゲームなどの奴隷となった息子と、主である親父は喧嘩が耐えなかった。ある朝、喧嘩して息子が家を出て行った日、夜帰宅した時には、主は還らぬ人に。
泣いて泣いて、母よりも衰弱しきっていた息子。後悔していたのだ。その姿があまりにも不憫だったらしく、坊さんを通じて水恵に相談。8歳の命毘師が助ける流れとなった。
酒屋の主は一年ほど、生き延びた。別人のように変わった息子は、後継ぎとして店を手伝ったらしい。
御世の話しによれば、男は恩を忘れず近所へ配達がある度に、菜摘にお菓子やオモチャを持ってきてくれたとのことだ。中学に上がる頃には、さすがの菜摘も申し訳ないと思ったようで、丁寧に断ったらしい。
少女の母のエピソードを話しながら微笑する老人に合わせ、緊張が解れた少女も笑顔が、溢れた。
「菜摘さんに助けられた人は数えきれない程じゃ。この町だけではなく、必要とあらば全国どこへでも行って、助けておった。
彼女は優しい人じゃが、強い人でもあった。台風の日でも『人の命は待ってくれない』と言うて、出掛けておった。
時には北海道、九州、そして北陸へと連日飛び回ったこともあったのぉ」
「す、スゴぉい」と、少女のトーンが上がった。
「それだけ、自分の持つ力の尊さと使命の全うに、責任があると感じておったお人じゃ」
遠方になればなるほど、交通費なども増える。菜摘の学生時代は御世たちが、社会人になれば自費で出掛けていた。金銭的に余裕のある人からは交通費をもらったこともあったらしい。だが、謝礼金は一切受け取らなかった、という。
ある日、「時間を掛けて出掛けるんじゃ、日当程度は頂戴したらどうか……」と言ったこともあったらしいが、彼女は受け入れなかった。
『命毘師は天の力、私の力ではない、だからお金をもらうのはバチが当たる』
と。
命毘師菜摘の姿勢と心構えの素晴らしさを、示した。
さらに活動のリスクも。菜摘さえも気落ちしたことがあったらしい。それは助けられない人もいる、ことだった。
もし相手の口から『助けて欲しい』とお願いされても、真の想いがなければ、術は効かない。個人的欲が勝る者は、助けたい理由も自己中心だから、らしい。善なる理由が必要なのだ。それが転命の掟だった。
興味を持ち始めたレイは、質問を投げかけ始めた。
「寿命を移すんですよね!? 移す寿命が、ない人はどうなるんですか? 」
水恵も、菜摘に問いかけたことがあった。
命毘師は相手の手を握った時に、寿命の長さを感じ取ることが出来た。寿命が短い人の場合、転命を行なってはならない。無理に行なえば、脱命することになるからだ。
「寿命はどれくらい移せるんですか? 涼夏のお母さんの時は、一年ですよね!? 」
危篤状態、病死、事故死なら約一年。他殺なら複数年、と伝えた。それ以上も出来るとされてはいるが、『試したことはない』らしい。『寿命は遺産のように相続させるものではない』と、菜摘は語っていた。さらに『寿命が少しだけ延びることに意味がある、その間に何が出来るか、何をするか、どう生きるか、生命を知った人間にとって、とても大切な時間になる』とも。
水恵は少女の質問に応えていった。母菜摘のコトバを、引用しながら。掟となることも。
転命によって寿命を与えた人は一生、転命で寿命を受けることは出来なかった。そして寿命を受ける人は、一回のみ。再び寿命を受けることは出来なかった。
その掟がなければ、悪用する者も出てくると……。
「……私はそんなことを知らずに……使っていたんですね」
自らの愚かさに気づき、悲しくなってきた菜摘の娘。
「知らなかったんだ、仕方ないじゃろぉ。お前に教えてなかったわしらの責任でもある。もっと早くに伝えておけば良かったのかもしれんが、人の命に関わることじゃ。お前自身に負担がのし掛かる。タイミングが難しかったのじゃ。
正直、御世ちゃんもわしも予想してなかった。お前に力があるとは……。なぜなら、これまで端上家において転命の力を授かるのは、隔世遺伝だと考えられておったからじゃ。御世ちゃんのおばあさんが持ち、菜摘さんが持っていた。だからお前じゃなく、お前の子どもか孫に引き継がれていくはず、とな。じゃが、5歳のお前は力を発揮した。御世ちゃんもなぜか、疑問に思っておった。
可能性があるとすれば……」
コトバを途切らせた。
「……水恵さん? 」
「お前の両親が事故にあった時、病院で菜摘さんは息を引き取った。御世ちゃんは……おばあさんは菜摘さんの手に、幼いお前の小さな手を置いたそうじゃ。その時、菜摘さんの指が動いたように感じたらしいのじゃ。気のせいだと思っとったらしいがのぉ……。
もしその時、お前に力を授けたのなら、菜摘さんは……レイに命毘師としての使命を、託したのかもしれんなぁ」
静けさが天から、降りてきた。
彼女の反応を待っているかのような、語る者の眼差し。思案するように視線を少しばかり落とし、畳を見つめる託された娘。
かなりの時間、2人の沈黙は続いた。
が、目の輝きが変わった彼女は、畳目線から水恵目線に切り替えた。
「水恵さん、私……お母さんの意志を受け継ぎます。……いいえ、……端上家の意志を引き継ぐということ、かもしれません。おばあちゃんの言いたかった『人を想う心と勇気』って、“お母さんのようになりなさい”ってことだと思います。
まだ、どうすればいいのか分からないけど……でも……でも、やってみます! やります! 」