(増話)勇気を持つ者
2017年8月30日 差込
『加害者連続死亡事件』
先週発売の週刊誌記事やSNSで拡散されていること、が原因だった。
当然彼女も耳にすることに。しかし、話題として触れたくない。殺人の死を学校内での話題にするほど、嫌なことはなかったからだ。
同じようなことが度重なると、人は一括りに纏めてしまいがち。『加害者の死亡事件の裏に何かあるのだろう』と、多くの人が二次元の探偵のように想像し、造り上げられた話題として広げるのだ。そのような話題に興味を示すことはない。
だから、学校でも避けていた。レイの性格を知っている真友たちも、そのネタに触れることは、なかった。
それでも、報道されていることは事実。無関心というわけでもない。ただただ、「人の生命をもっと大事にして欲しい」、と強く願う女子高生がいるだけだ。
生命の神秘と大切さを、教わっていた。祖母や涼夏の父母の影響もあった。幼き頃からお世話になっている宮司の影響も、あった。御世の良き相談相手であると共に、レイの良き指導者だ。
小さい頃から慕っていた。色々なことを教えてくれた。勉強だけでなく、遊び、精神、自然、生命、諸々のことを。……ある秘密を除いては……
◇――――
3月9日、明水神社――
庶民的な木製ダイニングテーブルで、茶を飲みながら神妙な面持ちの3人。
「いつ話せば良いものか……」
目を閉じ、俯き加減の御世。孫のことで相談に来ていた。
「…………」
腕を組み、同様閉眼している水恵。その横で、御世と水恵の様子を見ている奥さん。
「あんたに相談しとったように、高校卒業後、とも思っておったが、その前に気付くかもしれん。んんにゃ、あの子は既に何か感じ取っとるかもしれんし……」
「確かにタイミングは難しいのぉ。レイは明るく気丈だが、優し過ぎる。他人に神経を使い過ぎる点は、負担になるやもしれん。本分(学業)もあるし、空手も頑張っちょるようやし……。わしはまだ早いと思ちょるが」
「そうは思とる……じゃが、先週の先輩のお父上の件もある。これからも同様のことがあるやもしれん。私が心配しとるのは、私からじゃなく、他人から知らされてしまった時のことじゃ。町内にも端上家の力を知ってる者はおる。そこから洩れてしまうことだって有り得るからのぉ〜」
「町のもんで知っちょるんは、年寄りがほとんどじゃ。十五年前の菜摘さんの件もある。若いもんならともかく、そんな簡単に話しはせんじゃろぉ」
「そうよのぉ〜」
「じゃが……わしは世間で騒がれ始めちょるもののほうが気になる。それが事実なら、いつかレイにも手が及ぶやもしれん。彼らがそばにいるから安心しちょるが……覚悟せにゃぁいかんかもしれんぞ」
沈黙となった。3人とも知る十五年前の事件を思い出している、のかもしれない。あの惨劇を。あの、未解決事件を。
レイが知らない事実。両親は交通事故で亡くなった、と近隣住民は口を揃えてくれている。
地元警察、行政、学校など、町中の人たちも事件には触れまい、としてきたのだ。まだ幼かったレイは偶然にも、助かった。遺された幼子を、これまで見守ってくれていた。ただ、その事件の背景を知る者は、この3人を含む一部の人間たち、のみ。
「彼らに頼んで、力を奪ることも選択肢としてある」
「それは前にも言うたように、あの子に決めさせたい。あの子の人生を私が決めるのは、避けたい……」
「それは分かっちょる。じゃが……菜摘さんの二の舞になったら可哀想じゃ」
「……もし……もし、そうなれば、それは……端上家の宿命じゃ。仕方ないと思っとる。それも含め、あの子の……レイの意志を、尊重したい……」
「……分かった。どちらにしても、力のことも、あの件も、いつかは話さにゃならん。じゃが、本人は今が楽しいようじゃ。伸び伸びさせてあげることが一番じゃ」
「それもそうだが……私たちはそうのんびりしとる歳でもなかろう。出来るなら、私が生きとる間に……どのタイミングがいいものか……」
「御世ちゃんはまだまだ元気じゃ」
「そうも言っておれん歳になった。70超えとるしのぉ。……最近胃の調子も良くない。明日どうなるか分からん」
「病院は行ったのか?」
首を横に振る御世。
「病院の薬飲めば、あの子が心配する。それに、まだ病院に行くほどじゃないよ」
「手遅れになったら、それこそ大変です。ちゃんと病院で診てもらったほうが……」
心配する奥さん。
「……そうですね。一度行ってみましょう。まだあの子を独りにはさせられんし。……じゃが……水恵さん、奥さん、もし私に何かあったら、あの子のことを頼みますよ」
「おいおい。それはまだまだ先のことじゃ。レイが社会に出て、結婚して、子どもが出来るまで、御世ちゃんは元気でおらんとなぁ。そのためにも早め早めに治療しなさい」
厳しく、そして心から心配しているのが分かる。
「……そうですね」
畏まりながら、微笑する御世。
結局、結論は出なかった。
ただ、今ではない、ということ。時が来れば、神様から報せがあるだろう、ということ。そして、レイが立派な大人になるまで皆で見守ろう、ということになった。
ただ、月終わり頃に体調崩し、数日後に御世はこの世を去った。
「……お前の力は、人様のためのもの。絶対自分のために、使ってはならない。自分のために使えば、身を滅ぼす」
付き添う孫に、このコトバを遺して。
そして老女の不安と願望は、宮司たちに引き継がれることとなった。
***
初七日が過ぎた。
まだ意気消沈しているものの、未来のことを徐々に考える様相を見せ始める、遺された孫。保護者に訊く心構えとタイミングが、整い始めた。
そう、“力”について――
4月16日、土曜日の早朝。拝殿での祈祷を終えた後、意思を示す。
「水恵さん、おばあちゃんが入院している時、私の力について訊ねるようにって。……その力って、何ですか? 教えて下さい」
一、二呼吸無言のまま、御世の孫の表情と眼を確認していたが、問題ないと判断したのだろう。
「分かった。では奥の部屋へ来なさい」
先に腰を上げ、本殿の奥の部屋に案内した。
少女がその部屋に入るのは、初めて。明水神社に関する重要物の保管部屋であり、立入禁止と聞いていたため、だ。
古ぼけた襖をスライドし入る二十五代目宮司の後に続き、入室。古さはあるものの小綺麗で、かつ重圧を感じるシンプルな十畳ほどの和室である。正面には、畳一枚ほどもある大きな掛け軸。草書で書かれている句のような文章は、達筆さ故に解読不能。
彼は和室の奥に座り、キョロキョロする彼女は彼に相対し、正座した。
「聞く覚悟はできたかの? 」
「はい」
何から話すべきか、考えているようだ。閉眼し沈黙。そして静かに口を開く。
「レイよ、先ずお前の力は神聖なものだということだ。その世界では転命と呼ばれておる」
「てんみょう? 」
軽く頷く水恵。
「転じるに命と書いて、転命。
……人はこの世に生を受けた時から寿命が決まっている、と言われておるが、それがどのくらいあるかなど誰も分からん。“神のみぞ知る”というところじゃ。しかし、寿命を感じ取る者が世の中にはおる。その1人がレイ……お前じゃ」
「ぇっ? 」と、驚く相手を気にせず続けた。
「人の寿命を感じるだけなら、数多くいるのかもしれん。真の占い師の中にもおるじゃろう。まぁ、惑わす者の方が多いだろうがのぉ。……ただ転命の術を備え持つ者は、限られておる。この国では数人じゃなかろうか。正確にはわしも知らん。……転命はその人の寿命を知った上で、行うことになるわけじゃが……」
「寿命を……。転命って、どのようなものですか? 」
「簡単に言えば、人の寿命を他人へ移す力」
「寿命を、移す!? 」
「ウム。実際には、生きるために必要な生命エネルギーを移動させること、らしい。説明が難しいこと故、単純に寿命としておるがのぉ」
「生命、エネルギー、移動」と独り言のように呟く、少女の顔を覗いながら。
「……お前が5歳の時、涼夏の両親にしたこと、先日先輩と父親にしたこと……重病人や死に際の人を、助けたい一心で手を握り祈るお前の行動……その時に起きているのが、まさしく転命じゃ。
涼夏の母美紀さんが元気になったことが、余程嬉しかったんじゃろう。お前にとって、おまじないとなった。
美紀さんが元気になった時、御世ちゃんは半信半疑だったのじゃ。まさかお前に力があるなんて、考えてもおらんかったらしい。わしもそうじゃ。……
お前は憶えておらんだろうが、5歳の時、実は二度ほど試してみたことがある。あの病院では老人と、隣町では事故に巻き込まれた若い女性に、同様に両手で握り、子供らしくおまじないをさせた。二人とも無事、蘇ったんじゃ。
そこで確信した、お前に転命の力があると……」
「転、命……蘇る……その、移した人は、どうなるんでしょう? 」
「亮介の寿命が美紀に転じ、寿命が丸一年延びた。危険な状態から元気になれたんじゃ。先輩の寿命が父親へ流れたから、息を吹き返したのであろう。
算数のような単純計算じゃないらしいから、あくまでも予想じゃ……寿命が転じる、つまり亮介の寿命は一年縮まる。先輩も寿命が流れた分、縮まっているはずじゃ」
「寿命が、縮まる!? えっ! ……私が、そうした!? 」
少女の顔から血の気が引いたことを、感じたのだろう。彼の声が少し強まった。