第35話 ショックな事実を知った少女
「なんとなく……時代劇で観ている程度ですけど……」
「そうですよね。ただそれは、武家同士での話しです。農民や商人など弱い立場の人たちは、親や子どもが殺されたとしても、戦の犠牲になったとしても、敵討ちなどは出来なかったはずです。
これは僕の想像でしかありませんが……奉術師はそもそも公家、武家の上の階級のみのために存在していました。昔、奉術師の中に、敵討ちなどが出来ない弱者のために、代わって行なっていた人がいたのでは、と考えています。
しかし明治時代に「敵討ち禁止令」が出されました。それはそれで良いことなんですが、敵討ちが出来なくなったことでの“闇”は逃げ場を失い、膨らみ続けてきたのでしょう。特に士族にとっては……。明治以降、奉術師の役割、奉術師への依頼もまた、変化せざるを得なかったのです。
弱者による復讐という意味での被害者からの依頼は、時代の流れの中で私たちも黙認する他ありません。しかし、悪用する人たちもいる、というのが実情です。……その悪に手を貸しているのが、“闇”に覆われた奉術師なのです」
「……“闇”に、覆われた、奉術師……」
言葉が見つからない。彼の話しは理解出来たようだが、納得はしていない表情の彼女。性格上、復讐と言えども人の命を奪う行為には同意出来ない、という感じなのだろうか。
視線を前方に向け考え事をしていたが、再び思い出したように訊ねた。
「佐藤さん……週刊誌やネットで話題になっている、加害者の死亡事件って、もしかして奉術師たちの仕業、ですか? 」
「僕たちは、そのように理解しています。調査中ですが、事件の数が増え過ぎて追いついていないのが現状です」
「そんなぁ……」
「レイさんの場合、闇を扱う者ではありませんから心配していませんが、ただ……注意してください。レイさんにもいつ何時、闇が襲ってくるかわかりません。強い心をもっていてください! 」
「……はい」
ショッキングな事実、なのかもしれない。悲しそうな目に、力のない返事だ。ただ反対に許せない気持ちが奉術師としての責任を、再認識することとなったはずである。
帰省ラッシュ真っ盛りの新大阪駅。自由席に座れない可能性があるため、指定席を何とかゲット。1時間ほど茶店で時間を潰すことに。
佐藤にデザートを奢ってもらったレイ。車中の真剣な話しとは打って変わって、彼から意外な話しを聞くことが出来た。それは教科書にも出て来るような歴史上の人物と、奉術師との関わりである。
「えっ! うそぉ〜 ほんとですかぁ スゴ〜い! 」
驚嘆の連呼する笑顔の、普通の女子高生がいた。
ホームで礼を言い、帰路につく新人命毘師。初日は、彼女にとって大きな一日となったことは確かだ。彼から教えてもらったことを教訓に、母のように自らの天命を果たすことを誓うのである。
車両は満員。指定席車両にも立ち客がいるほど。精神的にも疲れたのだろう、指定席で眠る彼女。その後方から注視している人物がいる。命毘師であることを知っている男。一日中尾行していたのだ。
彼女は勿論、気づいていない。まだ知らされることは、ないのだから。
彼女の名は、端上レイ――現在16歳の高校一年。黒髪ショートヘア、顔立ちも体型も普通の女子。学校成績は、中の中。明るさと優しさ、逞しさが持ち前。先生や近所の大人たちに人気の、行動派である。ちょっとお茶目な悪戯好きなところは、ご愛嬌。
正義感強く、イジメや犯罪などは絶対に許さない。直情径行ゆえに、逆に周囲をヒヤヒヤさせる場面も。猪突猛進型に近い。
球技は苦手だが、小学三年から空手を習い、今は初段の腕前。高校生になって、合気道も始めた。
彼女は2歳の時両親を亡くし、育ててくれた母方の祖母も、4月に逝ったばかり。その後、自らの力について、知らされた。転命の能力を備える、命毘師の一族であることを……。
昼間と違い、肌寒さを感じる夜。
八畳ほどの部屋で、学習机にベッタリのレイがいた。宿題のプリント一枚に、頭を抱えていた。
同じ屋根下のダイニングで、ほうじ茶を啜る老夫婦。明水神社の25代目宮司、水恵とその妻である。
水恵は、一ヶ月ほど前に亡くなったレイの祖母の幼馴染であり、二歳の時に死別したレイの母のよき理解者であり、レイが幼少期の頃から良き相談相手・指導者であり、今は高校卒業までの保護者となっていた。地元を離れたくない少女自身の意思と、祖母側親族の要望もあったが、“力”を知る彼自身の、望みでもあった。
宮司の彼が先代から引き継いだ別の役割に、命毘師とそれを求める者との仲介役、があったからだった。
遺言を残したレイの祖母、御世との約束でもあった。
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