第34話 感謝される者
そのまま部屋で待機。
年配刑事が気を利かせて持ってきてくれたパイプ椅子に座り、待つこと10分。囚人服の男のイライラ感が垣間見える。片足を揺すり、身体を左右に動かし始めたからだ。そして、
「おい、ねえちゃん! 兄貴はホンマに生き返るんやろうなぁ〜」
「黙ってろ! 」
男の腰紐を持つ制服警官が止めてくれた。が、さすがに少女は恐怖感が増してきたようだ。緊張の表情へと再び、変化した。
(失敗したら、この人の仲間に追われるのかなぁ〜……)
と、ヤクザに追われるシーンを、妄想しているかもしれない。
うっすらと濡らす目を強く閉じ、両腕を両膝につっぱり、亀のように頭を縮め、この窮屈な空間から早く解放されることを願う、堅気の女子高生。
その時……
横たわる男の顔まで被せてある白い布が、微量に凹み、そして盛り上がった。それを最初に見た中年刑事が白布を捲り、頬を近づけ、
「息、してます! 」
瞬時に反応した年配刑事。ドアを開け、廊下にいた運転手の男に指示を出す。
「先生呼べ! 」
数分後に入ってきた白衣を纏った、若い医師と看護師。男の脈拍を確認し、ペンライトで瞳孔確認。驚いた口調で、刑事たちに伝える。
「い、生きてます。……なっ、何をされたんですか? 」
そのセリフを待っていたかのように、目隠しの弟分が叫んだ。
「兄貴、俺です! シンジです! わかりますかぁ? 」
まだ男からの反応はない。だが、命を差し出した男は、“力ある者”がいるだろう方向に身体を向け、興奮の声で続けた。
「ねえちゃん、ありがとう! この恩は絶対忘れねぇ。ホンマにありがとう」
深々のお辞儀と感謝のコトバに驚くレイは、言葉が出ないようだ。こんな時、どのように返事したらいいのか、分からないのだろう。
それを察したのか、佐藤が彼女の肩にポンと手を置いた。柔らかく微笑む彼を見て、不安から解放されたのか、感謝した男に優しく声を掛ける。
「いいえ、おじさんの気持ちが伝わっただけですから」
「ありがとう。ホンマ、ホンマに感謝やぁ」
目隠ししているため見えないが、男が泣いているように、思えた。
「ありがとう、助かったよ」
内ポケットから出した『交通費』と書かれた封筒を、少女に渡す年配刑事。優しい表情に戻っていた。後ろに立つ中年刑事も、笑顔を見せていた。
安堵した16歳の少女は、「ありがとうございます」と受け取り、佐藤のエスコートでその部屋を離れた。
命毘師の技、転命とは蘇生の術。生きた者の“命”を甦かす者へと“命”をつなげる、媒体役である。人の“命”とは、寿命を決める生命エネルギーなのだが、その人の命を扱えるのは、命毘師のみ。つまり、必ず死が訪れる人間にとって、寿命を延ばす神的存在なのだ。端上レイは、選ばれた一人となっていた。
初の蘇生を業として終えた命毘師レイは、けいさつ病院を後にする。来る時と同じ男に運転してもらい、佐藤と共に新大阪駅へ戻った。
緊張感と恐怖心から解き放たれたこと、そして成功したことが嬉しいのだろう。突然込み上げてくる涙が、自動的に頬を流れる。
「初回からやくざ相手は辛かったでしょうね。申し訳ありません」
涙を拭いた後、ゆっくりと応える。
「……いいえ。かなり、怖かったですが、……へへ。でも最後に、あの男性が喜んでくれたので、やって良かったと心から思います」
幼き笑みが、舞い戻っていた。
「どんな立場にいる人間であっても、命は命です。……あの方々も、命について考えるきっかけになればいいのですが……」
暫くして、行きの車で佐藤が語ったことを思い出し、レイは質問を始める。
「そう言えば佐藤さん、あの方は奉術師の犠牲になった、ということですよね!? なぜ、そんなことをするのですか? 」
「理由は今のところ……。ただ奉術師は基本的に、自分の意思だけで行動することはありません。どなたかの命や闇が必要になります。ということは、誰かが、奉術師に依頼している、と考えられます。例えば、復讐、とか……」
「復讐? 」
目が合うと、軽く頷く彼。
「あの男性はこれまで、酷いことをしてきた、のかもしれません。怨みを抱く人が沢山いるかもしれませんね。それは分かりませんが、ただ、裏社会で生きるあの人たちの復讐は、暴力による報復が基本です。つまり、今回はそれ以外の人、一般人による復讐の可能性が……」
「……一般、の人……」
「毎日のように悲惨な事件が起きています。加害者がいれば被害者も生まれます。被害者が加害者に復讐したいと思うのは、不思議なことではありません。
もちろん被害者になったとしても、復讐を実行に移すかどうかは個人の意識であり、心のあり方です。被害者自身が実行すれば自分が捕まります。他人に頼んでも罰せられます。それが呪術であっても、です。しかし……“力”を利用すれば、罰せられることはありません。証拠もなく証明も出来ないからです」
「罰せ、られない!? ……だからって、人の命を奪うって、それ……私は違うと思います」
「レイさんの言いたいことは分かります。罰せられないから殺める、というのは筋違いです。ただ復讐を望む人は、それなりの覚悟があってのことじゃないでしょうか。“力”の存在とそのリスクを知ってのこと、だからです。
レイさん、武士のいた時代に、敵討ちや仇討ち、というものがあったのはご存知ですか? 」
「なんとなく……時代劇で観ている程度ですけど……」




