第31話 初出の者
「シューー」とスライドした開口からドボドボドボと、ホースのあちこちから水が漏れだすような、下車人の連鎖。その流れに任せるように、ホームからエスカレーターで降りた、黒パンプスの女性がいた。
正午の新大阪駅。
賑やか、と言えば聞こえはいいが、“雑踏”がふさわしい。人・人・人。GW期間中のこの駅を知っている地方者なら、サッサと避けたい領域だ。
案内表示板を確認しながら中央改札口を目指すも、その足取りに落ち着きはなく、出るまでに何度も謝っていた。出た後も、キョロキョロする姿は、地方者丸出し。
紺色パンツスーツから覗かせる薄いブルーのブラウスに、ブラウン色布地のA3サイズの手提げバッグを持つ、端から見ればちょっとしたOL風。ただ、あどけなさが残るその顔立ちは、まさしく少女。
「端上レイさん、ですね? 」
「はい! 」
突然後方から呼ばれことに驚き、背筋を伸ばし、振り向きもせず返事。恐る恐る身体を半転させた。
笑顔で立っている紺色スーツ姿、の男。身長は170くらいだろうか、それほど高さを感じない。だが、アスリートのような体格。そして、風に揺れている上着の、左袖。
「佐藤です。よろしく」
「端上、レイです。よろしくお願いします! 」
緊張した面持ちで深々とお辞儀。体の硬直そのままに。
「レイさん、僕相手に緊張しなくても大丈夫ですよ。緊張は現場であればいい」
そのコトバに顔を上げる少女は、微笑む彼に、少し安心したようだ。「はい」と軽快に返せた。
「では、参りましょうか」
並んで歩きながら言葉をかわす、2人。
「目元はお母様似、ですね」
「母をご存知なんですか!? 」
「何度かお会いしました。まだ若造の時、お母様には色々教えてもらいましたよ。あの方を失ったのは、僕たちにとっても助けを求める人にとっても、大きな痛手です。しかし、レイさんに転移されていると聞き、本当に驚きました。そして、嬉しかったぁ。
菜摘さんの娘さんにお会い出来たことを、光栄に思います」
照れる、端上家の新人娘。
「私も、まさかこんな“力”があるなんて……でも母の想いを、使命を、しっかり引き継ぎたいと思っています。未熟者ですが、これからよろしくお願いします」
「はい、僕にできることなら」
駅の階段を下りると、タクシーや車が列をなしている。
「佐藤さん、ご無沙汰しております。コチラです」
声を掛けてきたスーツ姿の、別の男。彼の運転するシルバーのS20系クラウンで、目的地へ移動することに。
その車中、レイは母のことを訊ねた。
「……素晴らしいお方でした。多くの方から尊敬されていましたしね。優しく、時には厳しく。常に正義感と責任を持って行動されていたんです」
当時のエピソードを、いくつか話してくれる佐藤。その隣で、誇らしく聴いていた娘は、嬉しさを隠せないでいた。
母以外のことについても、新人として質問することが出来た、時間。
「佐藤さん、私のように転命を使える方は、国内にどのくらいおられるのですか? 」
「全ては把握していませんが、僕の知る限り、レイさん以外に4人です。そのうちの2人は独自のコネクションがあるようで、お会いすることは殆どありません。1人は九州にお住まいですが、ご高齢の方で活動は少なくなっています。もう1人、千葉に住む青年には頻繁に依頼していました。ただ……二年ほど前から、報酬がなければ受けてくれなくなった……残念なことですが、報酬が払えない依頼人には、諦めてもらうしかありませんでした」
「そんなぁ〜……」
「レイさんにとっては、まだまだ知らないことが多い世界です。術については伝書で修得してください。それ以外のことを少し、知っておかれた方がいいでしょう」
軽く頷いた。
“力”の世界とこの世の関わりについては、知らないことばかり。多少のことは聞いていたが、“力”の存在を知ったのも、つい最近だった。興味津々に聞き入った。