表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/109

第3話  コーヒーを楽しみたい者

☆―☆―☆間は、一人称です。

 

 ☆―☆―☆



 2015年3月6日、東京郊外――


 都心から離れた落ち着いた住宅街。高層マンションもなく、都心とは違いのんびりした領域。駅から少し離れたところに理容店と並ぶ小さな、喫茶店がある。

 窓際に4人用のテーブル、壁側に二人用のテーブルが三つとカウンター席が四つ。壁には昭和時代のスターのポスター、BGMも昭和30年から40年代の音楽が流れる、流行とは無関係の古き良き店ではないだろうか。

 食事時間帯を外せば、客がいることは少ない。密会なら都合のいい場所、と言える。


 入口に近い二人用テーブルで、無柄の白カップを口元に運ぶ。中を陣取るのは、マスターオリジナルのブレンドされた抽出液。

 最初に微量の酸味、その後に主張してくる苦味は、喉をまろやかに通過した時に湧き出る薫りによって、消えていく。一杯400円以下なら毎日飲みたいくらいだ。だが700円の有り難みは、たまに飲むからいいのだろう。あちこちに点在するカフェショップの良さが分からない私には、この店とこのブラックコーヒーで充分だ。


 それは、私の前に座る男も同意見……いや違う、ならば“ヴィエンヌ(ウィンナ・コーヒー)”など注文するはずはない。


(こいつ、ここのコーヒーとチェーン店のカフェを同じと思ってんじゃないだろうなぁ!? ……)


柳刃ヤバさん、この歯、何だと思います? 」


 彼は自分の上側切歯を指差していた。


「……側切歯そくせっし


 無表情で応え、られたと思う。


「えっ!? これ、“そくせっし”と言うんですか? ……じゃなくて、この差し歯、凄いモノなんですよ! 」


「……そっかぁ」


 興味を示さず、コーヒーを一口。


「で、何だ? 」


「はい! これ、実はマイクっす」


(俺としたことが……)


 眉を少し上げたことを悔やんだ。


「……聞いてやろう」


 話を聞いてあげるだけで、彼は喜ぶ。

 つまり、側切歯と犬歯の2本分が差し歯で、高感度マイク、バッテリー、発信装置などが組み込まれているらしい。緊急時、例えば誘拐され手を縛られた場合でも、舌で内側のスイッチをオン、登録した電話番号へ自動的に発信、相手が出ると振動バイブ。一方通行だが会話が相手に伝わる、というモノ。防水にしており飲食程度では壊れない、というのだが……。


「凄いな。だが、……顔殴られて歯折られたら、どうする?」


「あっ……な、殴られないようにけるっす」


 動揺している彼に、さらに突っ込みたくなったが、やめた。


(電波の届かねぇ場所に監禁されたら、使えねぇな。それに……それを付けるために歯を削るなんて、俺には真似できない……)


 彼の仕事柄、誘拐・監禁・暴行などは想定範囲。彼なりに工夫しているのは、理解出来る。

 名は砂場仁すなばじん――30歳独身男、しがない探偵だ。銀髪の爽やかなショートカットで玉子顔、つぶらな瞳と少し高めのキレイな鼻筋。左耳朶にピアスを付け、右耳穴に肌色のブルートゥースイヤホンを差し込む。これらも彼の仕事道具。

 市販されているモノを改良したらしい。携帯電話の受話器の役目はそのままに、無線機にも対応させた。つまり、盗聴のためだ。ピアスはただのリング型だが、発信機になっている。電源はソーラータイプ。その他にも改造した所持品があるのだが、全て、秋葉原アキバにいる知人に造らせた、らしい。


(スパイ映画の見過ぎだ! )


 コーヒーを口に含みながら、そう思った。


「ところで、どうだ? 」


 本題に入りたかった。


「あっ、そうそう」


 彼も一旦口を、潤す。


柳刃ヤバさん、先日多摩川で亡くなった男の子の死因すがねぇ……心不全って公表されてますが、どうやら違うみたいすよ。……心臓だけが焼けタダレていたらしいっす。感電とかの痕跡はないようですけど、ね」


 通称ヤバと呼ばれている私は、柳刃公平やなぎばこうへい

 中央で分けたヘアスタイル、薄い無精髭、左目下に一つだけ目立つ黒子ほくろ、いつも眉間に二本のしわを寄せた、面長顔のどこにでもいる風のおじさんである。ちなみに41歳の独身、結婚は……想像に任せる。


「それから、ストーカー被害女性の父親なんすが、男が不起訴処分になった後、証拠を探すために必死になって街頭活動していたんすよ。けど、2月上旬にパッタリ止めたらしいっす。周囲には『娘の命の償いは、命をもって必ず償わせてやる』、なんて言ってたみたいすけどね。……まぁ確かにぃ、僕だって自分の子ども殺されたら、同じ想いになるっしょうけど……。

 っで、ヤバさんの記事も意識してるんしょ。警察サツも一応は父親を調べたみたいっす。当日は会社にいて、お金で誰かに依頼した形跡もない、ってことで父親は白。なんですがぁ、ただぁ……」


 コーヒーを飲み、一呼吸おく目前の男。


「ただ、何だ?」


 せっついた。


「じぃつぅわぁ(実は)……」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ