第29話 報道の者たち
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大きな満月の明かりが境内全体を包もうとする、静寂な夜。
夜10時半を回った頃。並べられた布団の片方で、宮司は早々の就寝。明明の個室で女子は、解読真っ最中。ダイニングでは、宮司の妻がテーブルで湯呑みの中のモノを、啜っていた。小型テレビから流れてくる報道番組のニュースに、耳を傾けて。
――『速報です。本日午後5時頃、大阪刑務所に収監されていた大林努39歳が、搬送された病院屋上から投身自殺を図り、即死の状態で発見されたもようです。
和歌山県警の調べでは、大林は本日午後3時頃、刑務所内にて意識不明となり市内の病院へ搬送。監視員の目を盗み病室を抜け出し、病院五階屋上から飛び降りたということです。目撃証言によると、当時彼は独りで屋上にいた、不審な人物はいなかった、と言うことです。自殺の理由などはまだ明らかにされていません。
大林は平成24年4月和歌山県和歌山市で女子児童誘拐殺人事件を起こし、平成26年11月に無期懲役の実刑判決を受け、服役していました。この事件は、大林自身の子どもの同級生で顔見知りだった、当時8歳だった深沢佐奈笑ちゃんを誘拐し暴行、殺害したあげく、家庭用のゴミ袋に入れ、勤めていた会社敷地に埋めた、という異常かつ残虐なものでした。
三上さん、この事件の犯人が自殺したようですが……』
『意外でしたねぇ。あのような惨いことをする犯人が……全く何を考えているやら……。
確か、奥さんと喧嘩して子ども連れて実家へ帰っておられる間に、起こしたんですよね。家族が戻ってきた後も、平然と生活していた、と言うじゃないですか。それに、行方不明のお子さんを探すご両親と一緒に、捜す振りまでしていたんでしょっ。その無神経な男が自殺とは……考えられませんよ』
『私も子を持つ親として、当時本当に許し難いと思いながら、この冷酷かつ残虐な事件をお伝えしていました。殺害した後、ゴミ袋に入れ押入に数日間隠していましたし、奥さんがお戻りになるということで、ゴミ袋のまま彼女を深夜に運び出し、勤めていた会社の敷地に埋めたんです。結果的には一週間後、会社の方が掘り起こされた地面の跡に気づき、発見に至ったわけです。それまでの約三週間、佐奈笑ちゃんは本当に寂しかったと思います』
『本当に可哀想なことです。三年生になったばかりで、これからって時でしたからね。全く許せませんよ。あんな酷いことをしていながら、最高裁までもつれ込んで、結局無期懲役。死刑を求刑していた遺族はいたたまれなかったと思いますよ』
『私もそう思います。……また驚くことに、本日4月18日は佐奈笑ちゃんが殺害された日でもあるようです。これは偶然でしょうか? それとも意図的に行なったことなのでしょうか?』
『どうなんでしょう。今となっては彼に聞くことも出来ませんがね。……懺悔のつもりかもしれませんが、彼が自殺したところで佐奈笑ちゃんは戻ってきませんから、全く意味のない行為ですよ。それどころか、病院屋上から自殺なんて、さらに迷惑を掛けてしまってるじゃないですか』
『確かに。……ところで、大林は自殺ということですが、三上さん、この自殺は、最近雑誌やSNSで話題になっている『加害者死亡事件』と、関係があるのでしょうか?』
『無関係だと思います。私もあの記事、拝見しましたが、ただ事件を羅列しているだけで、根拠も繋がりも全く見えません。刑務所内での自殺が殺人事件とはあり得ない話です。全く理解不能ですよ。……もしもですよ、それが事実なら、刑務所関係者が関わっている、と言っているようなものです。
確かに以前、ある刑務所内で所員の暴行や虐待による、囚人の死亡が問題になったこともあります。しかし今も尚、かつ各地の刑務所で所員による暴行や殺害があるとすれば、それこそ大問題です』
『確かに。所管内での殺害事件が多発していれば、法務省も動いているはずですから……。今のところ、そのような情報は入ってきていないようです』
『ただ今回の場合、監視する者の目を盗んで自殺を図った、ということになれば、監視体制に問題がなかったか、問われるはずです。病院側はともかく、大阪刑務所側の病人に対する監視はより厳しくなっていくんじゃないでしょうかねぇ。
どちらにしても佐奈笑ちゃんの遺族の方々からすれば……まっ、複雑な心境かもしれませんね』
『……――』――
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