第28話 処理される者―4(2)
再度の悪夢から目が覚めた、彼。いつもと違う天井。首を横に動かすと、制服を着た人が背中を向けて座っている。
「ここは?」
振り返る制服の中老男は、ムスッとした表情。
「医務室だ」
「どうして?」
「泡を吹いて気絶したからな」
昼休み中に運動場で倒れ、この別室へ運ばれていた。軽く診察したが、心拍や血圧には異常がなかったようだ。が、既に午後の務めは始まっており、「もう少し寝ておけ」と命令する医務官。それに従い、目を閉じ休もうと思った、矢先。
「いつ、返してくれるの?」
ハッ!?
開ける目には、同じ医務室の天井がある。夢の世界ではない。横を見ると同じ医務官の背中。安心し顔の緊張を緩める。
「こーちゃんの、お父さん」
現実に聞こえる女の子の声。再び怖々した顔つきで、頭をベッドから浮かせ目線を足下側に向けた。彼にとっては残念だが……立っている……知っている子。ストレートショート黒ヘアの“さなえちゃん”。
その場から逃げようと力むが金縛りでもあったように、全身硬直。あまりの怖さ故にか、声も出ない。顎をガクガク震わせ始めた。医務官に助けを求めようとするも、口が言うことをきかない、ようだ。
「はぁーやぁーくぅ、返して、ね」
催促する女の子は、軽く口角を上げ、笑顔を見せた。
「じゃないと、こーちゃんが……」
その時、椅子を動かす音。立ち上がり、キャビネットにファイルを片付けている医務官を見ていた。視線を足下側に戻すが、いない。良かった、と安心したのだろう、持ち上げていた頭をベッドに預け、天井を見た。
「同じ目に、あう(遭う)よ」
両手に持たれている流血の女の子の頭のみが、あった。目が、あった。現実で、あった。
白目を剥き、再び夢の世界へ呼び寄せられる“こーちゃんの父”が、いた。
その囚人の口から微量の泡と、少し痙攣気味の状態を変に思った、中老医務官。徐々に脈拍も弱まり、血圧も下がっていく。部屋で死なれては困ると思ったのだろう。面倒くさそうに手続きを始め、一般外部の病院へ搬送した。若い刑務官の監視付きである。
悪夢は繰り返される。が、夢の中で(また同じ夢か)などと思うはずもなく、新鮮に、同じように反応する男。女の子の解体の後に必ず、現実の世界へ戻った。
白く輝く天井、聞き覚えのない電子音、微妙な香り、そしてぶら下がっている点滴のようなものが視野に入った。動かせる範囲で首と眼球を動かせば、刑務所ではお目にかかれない機材などもある。部屋のドア側には、椅子に座り居眠りしている刑務官らしき、青年。その他には誰もいないことを確認、出来たようだ。
ただ、男は安心出来ずに、キョロキョロと視線を動かし続ける。
すると、部屋のドアが開くような音に気づき、その方向をチェック。ドアは開いているが、誰もいない。大人の高さ目線では……。小さな足音が聞こえてくる。彼はその視線の高さを、低めた。徐々に怯える目と強ばる表情。
ベッドへ歩み寄る小さな、女の子。彼女の入室に気付かないのだろうか、居眠りのままの青年を裸眼で確認。
「そろそろ、おしまいに、しよっかぁ」
手を伸ばせば触れる距離に、その子はいた。“さなえちゃん”という名の女の子は、さらに続ける。
「わたしの体、返して欲しいの。もしムリなら、こーちゃんを、同じ目に遭わせる、よ」
男は「ダメだ!」と言わんばかりに、必死に首を横に振る。
「一つだけ、方法がある、よ」
「何?」と聞きたいのか、首を縦に振る。
「こーちゃんのお父さんの、体と交換」
「へっ!?」という表情。
「簡単よ」
身体を反転させ、ベッドから離れ始める女の子。ドアの傍で振り返り、男に眼差しを向け、そして一つ頷いた。
彼女が「ついて来て」と言っているような気がしたのだろう。監視の青年が居眠りしているのを確認、腕にあるモノを自ら外し、ゆっくりの上体を起こす。囚人服の上着は着ておらず、肌着のまま、裸足のまま、ドアで待つ彼女に誘われるように、静かに。
病院であるはずの廊下を普通に歩いているが、看護師や他患者の誰も気に留めない様子。ちょくちょく振り返りながら後ろを確認する女の子の、歩く方向へ素直に足を進めている。階段を上り、着いたのは屋上。それほど新しくない五階建ての病院屋上。
彼には眩し過ぎる夕焼け空を、見ることが出来た。何か開放感を得られたように、深呼吸を一つ。落ち着かせ屋上を見渡すと、誰もいない、全面金網タイプのフェンスに囲まれているが、登れない高さではない。あの女の子を探した。
いつの間にか、その子はフェンス外側の縁に、座っていた。近づきフェンスまで来ると、振り返る彼女は、可愛らしい微笑みを浮かべている。フェンスをよじ登り、そしてその子の横に腰を下ろす。
足をぶらぶらさせている女の子、“さなえちゃん”。
「こーちゃんのお父さん、大丈夫だよ。これでわたしの体、元に戻るから、ね」
その笑顔が堪らなく、そして可愛い。先ほどまでの恐怖などは全くなかったように、素直な微笑みを見せる、こーちゃんの父。
「ごめんね」
一言、謝ることが出来た。声に出せたのだ。
彼は下を見ることなく、沈みゆく夕陽を見ながら、お辞儀するように頭を垂れる。そのまま重力に、任せた。
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