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第27話  処理される者―4(1)

 


 

「お父さん、かくれんぼしよっ! じゃあ、お父さん鬼ね。こーちゃん隠れるからぁ」


 そう言いながら離れてく、我が子。小学生に上がる前くらいのお提げの女の子だ。ここは見慣れた家の部屋。


「いぃーち、にぃーい、さぁーあん……」


 お父さんと呼ばれた男は両手で目隠し、大きくゆっくりと数え始める。


「にーぃじゅっ! もういいかなあ〜。こーちゃん、どこにいるのかなぁ〜」


 わざとらしく声を張り上げながら、探し始めた。


 各部屋を探しながら、洗面所に入り、そして風呂場の扉を開く。そこには芝生のような短草の広ーい原っぱ。建物などは遠方に点在しており、空は、白い。その空間の中で、黒い袋状のものがポツンと一つ。近づくにつれ、モゾモゾっと動いている。黒ポリのゴミ袋だ。


「こーちゃんは、ここかなぁ〜」


 中腰のお父さんは、何かで縛られてもいないゴミ袋を開き、中を覗く。


「ぅをぉっ!」


 驚きと共に、上体を起こし、半歩退く。中に見えるは、我が子とは別の同年代くらいの女の子。体を丸め横たわる、寝ているかのような女の子の色白い肌には、血痕が複数。


「お父さん、ここだよぉー」


 凝視していたその袋から、視線を周囲に。少し離れた場所に、別の黒ゴミ袋。モゾモゾと動いている。男は急ぎ駆け寄り、開けた。ギョッとする反応と見開く目に、先ほどと同じ女の子。


「お父さん、まぁーだあー」


 再び顔を上げ見渡すと、モゾモゾとしているゴミ袋。男はもつれる足を必死に動かし、走り寄る。勢いよく袋を開けるも、目を閉じた流血の女の子、しかいない。


「おぉとぉさん、はーやーくっ!」


 焦る男は、キョロキョロしながら後方に別の物体を発見。モゾモゾしている黒袋に、恐る恐る手を伸ばし掴むとバッと威勢良く、開いた。膝を抱え体育座りし、顔を伏せる女の子。


「こー、ちゃん!?」


 我が子の名を呼ぶなり、袋の中の女の子が顔を上げる。目を開けているが、睨んでいるようにしか見えない、我が子と似ない子。彼は体を震わせ、よろめきながらすり足で一歩一歩後退する。


「お父さん、何で見つけられないのー」


 我が子の声が響く。焦り始めた男の視野には、点在する十数個の黒い物体が。一つ、また一つと確認し始める。引き攣った表情、流れる額の汗、荒くなる呼吸と鼓動、そして涙。一向に見つからない我が子を、走って走って必死に探している。


「お父さん、ここだってばぁー」

「はぁーやぁーくぅー」


 そんな声があちこちで聞こえ始めた。足を止め、首を左右に動かし、体も反転させては周囲を見る。モゾモゾと動く黒い袋が、手品のように増えていく……ゆっくりと……見渡す限り。緑色の広場は、黒と化した。どこから我が子の声が聞こえてくるのか、もう分からない、と言わんばかりに、立ち尽くし、360度見回る。

 先ほどまでの明るい声は、泣き声に。


「おとぉさん、怖いよー」

「暗いよー、お父さん、早く開けてぇー」

「どうして見つけてくれないのぉー」

「ここから出してぇー」

「ねぇー、おとぉさーん」


 どこからともなく、お父さん、を呼ぶ泣き声。しかし、既に見つける意欲のない男は、恐怖のどん底の中で、最後の手段なのか、大声で叫んだ。


「こーぉちゃーぁーん!」


 寸刻、360度埋め尽くしている黒袋の動きが大きくなったのだ。モゾモゾからゴゾゴゾへ……袋から自ら出、立ち上がる女の子。いや、女の子たち。その数……大勢。服装は様々だが、ストレートショート黒ヘアの7〜8歳くらいの同人物。彼女の額、鼻、口、耳、腕、膝、スネ、各所から流血。全員が目を瞑っている。その女の子たちに、一言。


「さなえ、ちゃん!?」


 その名によって、全員が開眼し、男を睨んだ。


「そうよ、わたし、さなえ……わたしの、からだ、かえして」


 瞬間、手、腕、頭、上半身、そして足。お人形のように、女の子は解体され、崩れた。




 ボォァバッ


 夢から覚めた男。汗と涙を流しながら。上体を起こす。まだ明け方で薄暗い部屋の中。目に入ってくるのはベージュの毛布とグレーの壁。首を横に向けると、既に住み慣れた環境。似たような者が眠る刑務所内雑房であることに安心したかのようなため息、一つ。左手を軽く額に付け、夢であったことにホッとしたのか、口元が緩んだ。

 しかし、その安堵感は束の間だった。


「わたしの、」


 止めた息。


「からだ、」


 硬直する体。


「かえして」


 見開く目。だが、目線を移動させるのが怖いのだろう。顔に付けたままの左手。それが視野を遮ってくれていた。一度ゴクッと飲み鳴らす喉仏。


「いつ、返して、くれるの?」


 彼は左手を動かすことなく、頭だけを少し上げ、布団足下側の床を見る。予想に反しなかった。靴下の小さな両足が、ある。怖さあまりに、顔を戻し自分に掛けてある毛布だけを見つめる。そこへ、一滴の水滴がポツリ。暗くて色は判らない。また一滴、また一滴。


「ねぇ、こーちゃんのお父さん」


 同時にドスッと落ちてきた重量物。ビクリとさせた体は、一気に鳥肌と、胃から脳にかけてコトバに出来ない筋っぽいモノが震えを呼び起こした。睨む目、血を流す口と鼻を男に向けた女の子の頭、のみ。


 恐怖のあまり、男は白目にし、気絶した。全く同じ悪夢を見て彼は、飛び起きる。そのタイミングで起床ベルが鳴り響いた。

 午前の務めを終え、昼休み。運動が苦手な男は、他多数が野球などで遊ぶ運動場端の木製ベンチに座り、見学している。少し疲れたような表情を浮かべ、ため息ばかり。前のめりになり、目を閉じた。しばらくして、彼に異変。

 耳から聞こえてこない、遊んでいるはずの仲間たちの声や足音。何が起きたのかと思ったのか、目を開け、運動場を見た。が、誰もいない。姿勢を正し全体を見渡すも、静寂に包まれた運動場には、その男のみ。

 焦って腕時計を確認するが、12時31分、まだ昼休みの時間である。視線を時計から運動場へ。突然その場に立ち上がった彼は、口を軽く開け、瞼を大きく開け、呼吸を忘れていた。

 黒物体が運動場を、埋め尽くしていたのだ。夢で見た同じ光景。モゾモゾと動くゴミ袋の集団。予想通り、中から正体を現した女の子たちが、立ち上がる。服装は区々(まちまち)だが、同じ顔をした流血している数百体もの女の子たちの眼差しは、確実に、男に集中していた。そして全員が同時に、泣き出す。


「お願い……はやく……返して……」


 寸刻、女の子の五体はバラバラに崩れ、運動場を敷き詰めた。


 男は、気絶し、倒れた。



 

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