第26話 核心に迫る者
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
「私が、兄の自殺を知ったのは旭さんからの連絡です。直接お話ししていませんが、留守電で確認しました。首吊り、ということでした。
ですが、私が兄の遺体確認をする際、刑事さんから『損傷が激しいので、覚悟して見て欲しい』と言われて驚きました。首吊りなら、ドラマで視るような首にアザが残る程度だと、思っていたからです。実際は違ったんです。
凝視出来ないほど酷いものでした。刑事さんから説明を受けましたが、怪奇的であり、そのまま発表してもマスコミは所内の虐待死と囃し立てる可能性があるということで、『首吊り自殺のままで通して欲しい』とお願いされました。私もその方がいいと思ったのです。
あの凄惨な兄の姿を思い出したら、首吊り自殺とは考えにくい状態です。だからあの時、何も言えなかったのです。……確かに私は兄の死を望んでいました。でも、あれほど酷いとは想像もしていませんでした」
聞き逃さなかった、妹のあるコトバ。もう少し突っ込んだ質問をしたいと思ったが、今日は止めることにする。
「ありがとうございます、お話しして頂いて。こんな時間に申し訳ありませんでした」
ソファーから腰を上げ、バッグを肩に掛けた。彼女は書斎のドアを開け、玄関へ案内してくれる。靴を履いた後、視線を廊下奥にやると、立っていたご主人と目が合ったため会釈。門の外まで送ってくれた彼女に、最後に言葉をかけた。
「これは聞き流して下さい。……私は、妹さんが“誰か”に頼んでいたとしても、妹さんたちを咎めるつもりは一切ありません。“誰か”を知りたいだけなのです」
そして笑顔で続けた。
「私は、皆さんのこれからの幸せを心から祈っています。まだ大変なこともあるかもしれませんが、お母様や妹さんが元気になられることを願っています」
「ありがとうございます」
「私もまだ松島に行ったことがないので、明日観光してきます。それから東京に戻る予定です。もし、何かお話ししたいことがありましたら、携帯番号へご連絡ください」
一礼し、大通りでタクシーを掴まえ、チェックイン済みのホテルへ戻る。
コンビニで買ってきた弁当で食事を済ませ、シャワーを浴びた後、ベッドに寝転ぶ。
ふと、彼女のご主人の仕事が何か気になった。モバイルを取り、憶えていたご主人の名前でネット検索。顔写真付きの紹介文を見つけた。神道祭祀学、日本宗教史の客員教授とある。書斎に古くて難しい本が並んでいたことに納得した私は、そのまま睡魔に身を任せた。
4月6日。早めにチェックアウトし、松島観光へ行くことに。
(被害者家族が必ず行く観光地で、誰と会うのか? )
(観光地ではなく、駅近くや繁華街ではダメなのだろうか? )
色々考えながらも、リフレッシュして脳を休めようとも考えていた。
JR仙石線に乗り、松島へ。今朝から晴天であるため、いい景色を期待した。
松島海岸駅で降りた私は乗船場まで歩き、フェリーでゆったりと松島湾の風景を満喫。早目の昼食をとり、3時間ほど松島を楽しんだ後、来た路線を戻る。気持ちはすでに、東京への帰路、だ。ゆったりと座り、のんびりと景色を眺める。窓外にいくつかの寺が、流れた。
(寺かぁ〜、そう言や〜最近、墓参り行ってねぇなぁ)
『天から舞い降りる』という表現があっているのかは分からないが、脳は別の思考に切り替わる。姿勢も前斜になっていた。
(寺……観光地には必ずあるな……いや、神社もある……呪い……神? いや悪魔か? ……やばい……どうもオカルトに偏ってきているような気がする……)
左手指は耳朶を、捏ねる。
(旅先にもし、共通の神を祀る神社、あるいは同じ宗派の寺院があれば、家族が会っているのは“人”じゃなく“宗教団体”!? いや、信仰はバラバラだった。……違う! 信仰より怨みだ。復讐なら信仰など関係ないはずだ。
……どうする? 一つ一つ調べるには時間が……神社、寺……っ! そうだ。神道祭祀! 日本宗教史! ご主人だ! いや待て、彼は被害者に近過ぎる、別に探した方がいいな……)
モバイルで神道と宗教の専門家を探し始めた。次の行動が見えたような気がする。
帰京後、神道祭祀学や日本宗教史などの専門家たちに、取材を申込む。
これまでの被害者家族が旅行した観光地で、共通する社寺を確認すること、そして(信じたくないのだが)世界共通の呪術に詳しい人物への再確認、するために。
東京、中部東海、関西、中国四国、東北の各地を廻り、出来る限り多くの情報を集めたかった。二週間近くで10人ほどの各学者・専門家に取材することが、出来た。
いくつかの可能性に絞られてきたが、ある祭祀学の学識者が語った、一つの仮説に目星を付けた。それは、他の神道関係者の説明と食い違いはあるものの、違ったとしても可能性を一つ減らすことで次に進めばいい、と考えるしかなかった。
半信半疑であるが、信じてそこを辿れば事件真相解決の糸口が見えてくるはず……
その仮説とは、俗にいう呪術ではなく、奉術と呼ばれるもの。人の寿命と人の闇を操る者、らしい。
血統的伝承らしく、そのコネクションは限定的。掟が厳しく、公に出てくることはない。現代の学識者さえも、会うことは皆無だという。歴史に翻弄され全滅したとも……だが、子孫が現生している可能性は、充分にあり得る。現在、その術を使う者が存在するなら……噂なのか、物語なのか……今となっては、それすら否定出来ない、でいた。
さらに、詳しく調べることに……政治家の知人に聞いたことが、あった。現国会議員が理事を務める、専門図書館の存在を。そこには国の歴史が全て、収まっている。普段御目に掛かることの出来ない書物までも、所蔵されていた。
知人のパイプを使い、理事の許しを得、一日中関連文献を探り巡る。七日目、それを目にした瞬間、脳内に光が差した。
(あったぁ〜! )
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