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第25話  涙の証言

 

☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。

 

 

 ☆―☆―☆



 太陽が落ち始めているが、より灯りを集めている仙台駅。

 先に宿泊ホテルを確保。チェックイン後、進藤氏から入手した被告人《A》の妹宅へ。地下鉄で泉中央駅に、そこからタクシーで。静閑な住宅街にそれはあった。表札で妹宅らしき一軒家を見つけたが、既に午後7時を回っている。

 様子を伺い、門横のインターホンを押そうとした時、一台のタクシーがその前で止まり、降車してきた女性がいる。昨日東署で見かけた妹だ。彼女は門に立っている私の顔を見て、誰なのか気づいたらしい。最後に厳しい質問をした張本人が目の前にいるのだから、仕方がない。不機嫌な態度の妹。


「話すことはありません。帰って下さい! 」


 門を開け敷地に入った妹に、すかさず一言。


「旭真紀子さんのご友人ですね? 」


 動きを止め、コチラへ振り返る彼女。


「……何のようですか? 昨日ご質問にお応えしたはずです」


「いいえ、途中で終わってしまいました。私はフリーです。納得するまで取材を続けるつもりです。それに……旭さんに辛い想いをさせてしまったようです。彼女のために出来ることをやろうと思っています」


 彼女に「関係ない」と言われる可能性もあった。だが旭真紀子の立場上、辛い想いをさせているのは彼女たちでもある。反応を見たかった。否定されれば話しを聴くことは出来ない。それでも真相を知るために、今この場所に来ているのだ。

 通じた。


「……わかりました。ただ、家族がいますので、長くはお話し出来ません」


「分かりました」


「ここでは何ですから、お入りください」


 加害者の妹でもあり被害者家族は、歳の離れたご主人の了解を得、十畳ほどの接客用ソファーのある書斎に通してくれる。

 お茶を出してくれた彼女にお礼を言い、名刺を渡し、即座に質問を始めた。


「時間を長引かせないために、率直に伺います。判決の日、体調を崩しパートを休まれ、家にいたとおっしゃられていましたが、私はどこかへ出掛けられていると思っています。例えば、観光とか……」


「……確かに、その日は家にいたわけではありません。ご存知だと思いますが、母と下の妹たちがその前日からこちらへ来ています。判決が出れば、マスコミの方が自宅に押し寄せてくることは分かってますから。判決の日は、刑がどうであろうと兄が裁かれる日です。母にとっては辛い一日になります。

 それなのに、マスコミは母たちの気持ちなど気にせず、ズカズカと入ってくる。体調を崩そうが、精神的に参っていようが関係ありません。父が殺され兄が逮捕された時もそうでした。事件のショックだけでなく、何倍も何十倍もの精神的苦痛をマスコミは与え続けるんです。

 旭さんもそこにいました。仕事ですから仕方ないのかもしれません。彼女は高校の後輩です。色々と相談しました。何とかマスコミから逃げられないかと……。でも彼女にそんな力や知恵はありませんでした。ですから母たちを仙台に連れてくる時、彼女には内緒にして欲しいとお願いしました。理解してくれました。もしそれが彼女の負担になっているのでしたら、今晩にでも謝罪の電話をします。

 母たちがコチラに来ても精神的に疲労していること、考えることとすれば亡くなった父、そして兄のこと、そして先の見えない明日のことばかりです。私は主人と相談して、判決のことを忘れてもらうために、当日は日帰りの旅行を計画しました。もちろん、パート先には私の家族のことなど話していません。体調不良で休ませて頂きました」


「お母様や皆様には辛い一日になったでしょう。マスコミは手加減しませんから。旭さんは皆様のことを考え、無難に対応されていると思います。彼女は本当に思いやりのある女性だと感じています。……ところで、日帰り旅行はどちらへ行かれたのですか? 」


「母が以前から行きたがっていた松島と石巻です。景色もいいですし、美味しい食べ物もありますから、母と妹に喜んでもらおうと思い、そこを選びました」


「ご主人もご一緒ですか? 」


「いいえ、主人は仕事がありましたから。私の運転で、3人だけです」


「松島、石巻では、他にどなたかお会いになりましたか? 例えば、新興宗教の方、占い師さん、あるいは暴力団関係者など……」


「具体的なんですね。でも……誰にもお会いしていません。松島、石巻行きは前日に決めましたし、誰かに話しすると、マスコミに漏れれば面倒だと思いましたので」


「そうですかぁ」


 出してくれたお茶を二口ほど飲み、続けた。


「では、東署での最後の発言、私にはお兄さまが自殺されて、喜んでいるように聞こえました。それは家族をメチャクチャにされたからですか? 」


 妹は少し考えて、ゆっくりと応える。


「私は、兄を憎んでいます。大好きな父を殺し、母を苦しめました。それに……もうご存知かもしれないのでお話ししますが、下の妹を、強姦したんです。両親は激怒しました。もちろん私もです。妹は自殺未遂もしました。おまけに妊娠まで……中絶しましたが、自分の身体は汚れていると嘆き、一人で家から出掛けることはなくなりました。やっとのことで母と一緒なら出掛けられるようになった、矢先です。……父を失った母自身が外へ出掛けなくなりました。母も妹も限界にきていたのです。

 しかし兄は違います。一度面会に行った時、落胆しました。反省していないどころか、父が悪い、母が悪いって……。兄は昔の兄でなくなっていました。私は兄がいなくなり正直せいせいしています。……私たち家族は兄のことで悩むことは、これから先ないでしょうから」


 そう言いつつも泣き始める妹。兄が亡くなったことは、やはり複雑なのだろう。

 少し間をおいた。


「最後に一つよろしいですか? 」


 ティッシュで泣き顔下半分を隠しながら、頷く妹。


「昨日『自殺ではなく、殺しではないか』とお訊ねした時、黙ってしまわれました。それは何故ですか? 自殺であれば「自殺」とお応えになれるはずです。自殺ではない状態が、そこにあったのではないですか? 例えば、そのようなご遺体ではなかった……」


 彼女は涙を拭きながら、気持ちを静めた後に応え始める。




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