第24話 処理される者―3(2)
「ゥワァアアーーー」
絶叫とともに、意識の開化。目覚めた男は汗だくだ。ただ、それだけではない。
「イッ! 」
違和感を感じたのか、腕を見る。何かに刺されたような斑の、血痕。ズボンの裾をあげると、足にも同様の血痕が。
「な、んで? 」
夢であったことが、現実として現れていることに、不思議に思うのは当然である。
が、彼の目に飛び込んできたのは、他にもあった。目線を変えると、いるべき者たちはおらず、代わりにいないはずの者たちがいた。その驚愕と恐怖は、全身で表現するのに、演技指導は要らない。
「っわぁっ! 」
同時に、座った状態で後退り。小学生低学年ほどの男子が、ボンヤリと立っている。
「お、れ? 」
子ども時代の彼が、いた。目を擦り、再確認するも彼がいる。泣きっ面をして……。
四つん這いで、恐る恐る近づいた時だ。
「あんたたちの所為だ 」
零れる小声。
「あんたらの所為だ! 」
叫んだ。子の視線は少し高め。男は後ろを振り向く。子に対して立つ2人の大人。
「おや、じ……かあさん……」
男は目を疑う。両親の表情は、企みのある不快な笑みを浮かべていた。子に近寄る父親。すると……
「お前なんて、要らない。……この悪魔が……」
耳までも疑う。父親は、子に平手打ち。それに何度も。子は声を上げて泣いている。それでも止めない父親は、ゲンコツで殴り始めた。
「やっ、やめろぉー! 」
男が叫んでも、その暴力は続く。
「死ね、この悪魔の子がぁ! 」
手だけではなく、踞る子を蹴り、背を踏みつけた。
「やめろ……やめてくれ……やめろって言ってんだぁあ! 」
男は、父親に、殴りかかった。
開眼。
「あんた、大丈夫か? 」
その声の主は同房者。
「魘されてたし、寝言、凄かったぞ。……オヤジさんの夢でも見たか? 」
「……はい」
夢であったことに安堵。したはずなのに、表情が一気に険しくなる。
「…………」
身震い、始めた。
天井一面、人面。オヤジの顔が浮かび、鬼の目で睨んでいる。歯を食いしばり、怯まず仁王立ち、罵声を浴びせた。
そのイカれた男の姿に、焦り出す同房者。その騒ぎに、駆けつける所員たち。あまりのイカれ具合に、所員らは彼を取り抑え、独房室へと連行。
だが、それは続く。
足の踏み場がないほどヘビが、騒ついている田舎路。逃げ走る後方からは、己を一吞みしそうな、黒白縞模様の巨大ヘビ。
ひたすら逃げるしかない男は、トンネルを見つけた。大蛇が入ってこられないほどの、狭くて暗いトンネルに足を踏み入れる。
反対側の輝く丸いところが、出口だと思ったのだろう。そこまで駆け続けるが、一向に辿り着かない。スピードアップしても、距離は縮まらなかった。
立ち止まり、反転。先ほどの入口はすぐそこにある。仕方なく戻り、恐る恐る外を覗く。大蛇はいない。路一杯のヘビたちもいない。それどころか、外ではなく建物の中だった。天井の高い広めのロビー。正面には、大きな両開きのドア。その前左端に、正装男。
「なんだ、くそ父親かぁ」
「お前は悪魔の子だ。そこから絶対に入れん。帰れ! 」
「うっせぇ」
薄笑いする者に対する、反抗心。躊躇なく侵入。正装オヤジを睨みながら、ドア取っ手を両手で持ち、開けようとする。
「開けちゃぁいかん! 」
後方の声に振り向くと、立っていたのは私服姿の実父。驚き視線を戻すと、正装オヤジは薄気味悪い笑みのまま、そこに立っている。
「それ以上、行くな! 」
後方の実父が、再び叫ぶ。
「フン、お前にはどうせ無理だ」
側に立っている嫌味な父親。
二人の存在を無視して、男はゆっくりと大きな観音扉を、開けた。
明るく、清々しい風景。楽園かと思ってもいいほど、美しい世界が広がっている。
「ここから先は、選ばれし者のみ」
そんな声が聞こえたかと思えば、突然正面から眩しく、強い白光が男を包んだ。
深夜の目覚め。
独房にいることを理解し、深い溜息を一つ。何気なく腕を搔く男。
「んっ? 」
薄暗い独房内で、身体の違和感を態度に示す。四肢を撫で触り、服も捲り確認。痛痒さが、皮膚の異常を知らしていた。
痒みが増したのか、ボリボリ掻き出す回数が増えてきた。
次第に、顔、首、腕、腹、足の所々の被れが、膿だす。蠢くモノによって痒みが止まらず、つい膿んだ皮膚を搔き捲った。赤身の皮膚を食い千切り、浮き出てくる、メフィストの群れ。止め処なく湧き出るムシどもによって、さらに膿を出す。
その幻と脳の誤作動による恐怖は、彼をさらに陥れる。
数十分後、掻き毟る男の身体は、己の血と肉でゾンビ化していた。
「神の御国に行くためには、穢れた血と肉を清めなければならない。早く脱ぎ去るのだ! 」
聞こえてきた、男の声。それに反応したのか、上下の衣類を脱ぎパンツ一枚の姿。己の汚れた皮膚と血をひたすら、毟る。血走った、いや、血の涙を流しながら。
「悪魔から貰った血と肉を捨てれば、神が新たな血と肉を授けて下さる。神が祝福してくれる」
時に体ごと壁にぶつけ、雄叫びを上げた。フラフラになり、立っているのもやっと……。所員たちが彼の異常に気付き、独房前に来るも、その頃はすでに力尽き、血まみれ状態で、寝転ぶ。
その傍らで、優しそうな微笑みを見せている男性。
「正一郎、お前は悪魔の子なんかじゃない。私たちはお前を愛してる。お前は、家族の一員なのだから」
所員らが入室してきた時、彼の両瞼は異様に捲れ、片方の眼球は潰れ、前歯は数本折れていた。そして一言。
「……お・や・じ……ゴメン……」
血混じりの涙とともに、薄れゆく意識の最期の、コトバだった。
――――◇




