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第23話  処理される者―3(1)

 

 

 ◇――――



 公判の日。

 男は実父殺害の被告人。彼は『最初に手を出してきたのは父であり、殴り合いの喧嘩になった。その流れで背後からスリーパーホールド。殺意はなく、死亡したのは自分の所為ではない』と無罪を主張。

 しかし検事は『就職の失敗、結婚の失敗、そして自分がこのようになったのは、父親の所為だと罵り、喧嘩の度に『殺すぞ』と脅していたのは、家族や近所の証言で明らか。常日頃から殺意を持ち、今回犯行に及んだ』として懲役十年の求刑を申し出ている。

 結果、懲役六年の実刑判決が出た。不服として弁護士と相談、当然控訴することに。


 その日の夜、公判で疲れたのか、深い眠りについた。




「みっちゃん! みっちゃん、どこ? みっ、ちゃん? 」


 いくつもの襖や扉を開け、いくつもの部屋を確認するも、みっちゃんどころか、誰一人いない。そんな広い建物の中で、薄っすら聞こえてくる声。


「あっ、あっ、アー、ひっ、いっ、あっ、あっ」


 語る声ではなく女の喘ぎ声は、続く。エニアグラムを逆さにし上部に木のようなマークが大きく描かれている扉を開くと、そこには幅1メートルほどの、木製階段。喘ぎ声は、上階から聞こえてきた。足音を抑えながら、薄暗い階段を丁寧に上る。徐々に大きくなる喘ぎ声とは別の、男の声。


「あなたは祝福されています。自信を持ちなさい。神様はあなたを選ばれました。讃えなさい。神の子を産み、一生神に仕えなさい」


 その声が聞こえる部屋の襖。両膝をつき低姿勢で指を掛け、ゆっくりとスライド。畳上の布団らしきモノが目に入り、さらに開けると、人がいた。それも二人。


「みっ、ちゃん?! 」


 と、声が漏れた途端、仰向けの知っている男とその上位にいる女の顔が、コチラを向く。まさかの驚愕の事実、見てはいけないものを見てしまった恐怖、そして愛する者が信じていた者に奪われた憤怒ふんど。男は立ち上がり、襖を勢い良く開け、部屋へ猛進した。刹那、目の前が揺らぎ、体勢を崩した。足場が崩れ、一気に落下していく。


「み、みちこぉおーーーーー! 」




 バァダッ


 何の前兆もなく、意識より先に、開眼。男は中途半端に頭を浮かせ、首と眼球を動かしている。どこにいるのか察したのか、首の力を脱し、面に付けた。薄っぺらい布団擬もどきに、仰向けの状態で。


「クッソォー。みちこめぇー」


 その目は憎しみを抱え、口と歯は怒りを演出アピール。彼には見憶えがあった。この卑しき憎夢は、彼のトラウマだった。


 時計を見ると、まだ午後11時半過ぎ。彼は寝付けず、0時になった。

 その時、天井を見ていた彼は、何かに驚き、上体を起こして周囲を伺う。目を何度も手で擦り、大げさに瞬きを繰り返す。

 傍にいるだろう人物を、手探りで捜す。触れた者を数度、突っついた。


「ん? どうしたん? 」


 寝ぼけた小声。


「すみません、起こしちゃって……目が……」


「目が、どうしたん? 」


「目が、見えないんです。真っ暗で、何も、見えない」


 トーンは抑えているが、明らかに恐怖で震えている声。しかし、それに対する同房者の応えは、冷たかった。


「ストレスかもしれんね。いいんじゃない、どうせ寝る時間だし。そのまま、ゆっくり休みましょうよ」


 男は諦め、自らの布団に寝転ぶ。が、見えずの目を閉じはしなかった。暫く目を閉じ、そして瞼を上げる。これを繰り返すも、改善は見られない。寝付けず、2時を回った。


「ぅを! 」


 突然声を発し、力強く閉眼。先ほどと同様、隣の者を起こす。


「んん、なぁに? 」


「目が……」


「だから、見えないんだろっ」


「ち、違う……眩しい、目を閉じても、眩しんだぁ」


「はあああ!? ……だったら、起きてればいいだろう」


 呆れた者は、「いい加減にしろっ」と言わんばかりに、背を向けた。仕方なく、元の位置へ戻る男は、身を丸め掛け布団でスッポリ。声を殺し身震いし続けた。4時になる頃……


「あ、あつい、熱い! 誰か、誰かああ、熱い!! みず、水ゥー! ウヲオォォーー」


 目を両手で押さえ、絶叫しながら、のたうち回り始めたのだ。同房者三人は驚き起き、彼から距離を置く。騒ぐ被告人に怒鳴る所員たち。身悶みもだえる男を鎮めるために、応急的処置として、氷を2つ差し出す。「これで冷やせ」ということだ。男は氷を掴み、両瞼に添える。だが、おさまることはなかった。


 熱さに慣れたのだろうか、もだえる行為は収まり、ただ全身でイラつかせていた。汗まみれになりながら。そして朝6時に再異変。


「なっ? いっ、いてっ、痛ぇ、ぃてええ、グヲオー、なんじゃあー、ゔぃてええーー」


 次に襲ってきたのは、眼球を針で刺されるよう激痛。のたうち回る状況が再発。同房者たちも駆けつけた所員たちも、何かなんだか分からないまま、ただ眺めているしかない。


「ぃ、いしゃ、医者、医者! 」


 男が医者を要求するも、「はい、どうぞ」というわけにはいかない。所員の一人が上司に報告へ向かった。が、男の呻き声が止まった。息が止まる如くに。不思議そうに注視する所員。


「お、さまった? 」


 ゆっくり目を押さえていた両手を顔から離し、上体を起こそうと試みる。ただ怖いのか、閉眼したままだ。静かに胡座体勢を保った。暫くして、上眼瞼胸筋じょうがんけんきょうきんにエネルギーを流す。全開するのに、何十秒と時間を掛けて。


「見え、る……」


 呆気あっけらかんとした面持ちで、出入口に垂直の壁を、見ていた。


「どうしたん? 」


 心配そうに見ていた同房者の一人。


「見えます、普通に……」


 冷静に応える男。


「……良かったな」と苦笑ながら、腫れ物感漂わせる同房者たち。

「ったく、クソが」と呟きながら、雑居房を離れていく所員たち。


 昨日実刑判決を受けた被告は、大きくため息をつき、部屋を見渡す。表情を緩めながら、背を畳に預けた。不思議そうに、天井を見つめながら。

 朝食を終え、睡魔に誘われ始めた男は、ウトウトし始める。悪夢、は終わらない。




「あいつをポアしろ! あいつをポアしろ! 」


 暗闇空間の中で響く、その低声。


「「「「「ポーア ポーア ポーア ポーア」」」」」


 大勢の老若男女が放つ、そのハモる嫌声。

 そして、何百何千の腕以下の手が、ウジャウジャと近づく。捕まるまいと必死に逃走するが、両側から頭上からも、手軍隊が攻めてくる。何度もコケそうになりながら、先に見える白光へと向かった。


 その光中に逃れた男は、眩しさゆえに無理矢理足を止めた。自らの左足が右足を躓かせ、バランスを崩し、腹這いにコケる。伏せていた両瞼を、薄く見開いた。天宙白空間の中に広がる、ピンクと緑のオンパレード。正座体勢で、周囲を観察。薄ピンクの薔薇バラそのが、限りなく広がっていた。


 ポカーンなる表情を見せる男は、暫くして気づく。足に、腕に這うトゲあるツルが巻き上がってきたことに。驚き立つが、両足に絡みつくツルの勢いは、増していく。慌てて両手で千切り、交互の足で蹴り離し、踏みにじる男。トゲによって四肢に血が滲み始めた時、周囲の薔薇は、真っ赤に変色開始。さらに、花中央から溢れ出す、赤液。

 恐れ逃げ去るその男を、ツルの軍隊は一斉追襲。その高さ、大津波のようだ。


 先に見えるモノに気づいた男は、懸命に走り、手に掴んだ。それは、見たこともない銃器に似た、黒っぽい鉄製のモノ。引き金に指を掛け作動させてみると、銃口から炎が。火炎放射器と判断した男は、襲ってくるツル軍に向かって、発射。放射器を左右往復しながら、炎で焼き尽くしていく。ツル軍は全て燃え、炎と化した。

 しかし、その勇気は後悔へと変貌。その炎たちは男を取り囲み、徐々に迫ってきたのだ。引き金を緩め、諦めたのか、放射器をボトンと地に落とす。寸刻、炎たちは男を襲い、火達磨にした。



 

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