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第20話  兄の自殺に感謝する者


☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。

 


 

 ***



 4月4日。予定通り拘置支所周辺で聞き込み。

 もし自殺ではなく、第三者による犯行であるなら、第三者の動きがこの周辺であってもおかしくない。ただ、これは外部の犯行が前提である。内部犯行であるなら、容易に手を出せない。

 さらに、第三者が被告人()へ接見しているようであれば、警察サツは既に動いているはず。今日明日には、新たな情報を警察も得ているだろうと予測し、後日確認すると決めている。


 拘置支所周辺にメディア関係者らしき人は、誰もいない。昨夜、警察による発表と謝罪があったからだ。被告人()は脱いだズボンを結び、首を吊って自殺したこと、拘置所内で起きてしまった管理責任に対する謝罪である。そして被告人()の遺体は検視のため、搬送されていた。


 今日の目的を果たすために、動き出す。

 札幌拘置支所は、少年鑑別所と刑務所が隣接しているため、周辺も厳重監視であるだろう。南には環状通りがあり、東には巨大団地、西は住宅街である。身を隠そうと思えば可能だが、監視カメラなどに撮影される危険性も高くなる。周辺に高層ビルや高層マンションなどはないため、拘置支所内を覗き見ることも不可能に近い。


 団地および住宅街の住民に、三日前くらいから不審な車両、怪しい人物はいなかったか、聞き込んだ。子どもと遊ぶ主婦、井戸端会議している主婦、散歩している老夫婦など何10人と声を掛けるが、めぼしい情報はない。

 帰宅中の学生などにも訊ねるつもりだったため、夜まで周辺にいる予定だった。だが、午後3時を過ぎた頃、一本の電話でその予定を変更させることに。


「進藤さん、昨日はご協力ありがとうございました。大変有意義なものとなりました」


「いいえいいえ、逆に旭を押し付けて申し訳なかったです。本人もすごく反省していまして、許してやってください」


「私こそ、旭さんのお気持ちを考えずに、申し訳なかったと思っています」


「それより、被告人《A》の家族が東署に現れたみたいです」


「そうですか、わかりました。すぐそちらへ向かいます」


「私も今向かっていますので。では現地で」


 環状通りへ急ぎ歩き、掴まえたタクシーで東署へ。10分も掛からずに到着。

 駐車場にはメディア関係者らしき5、6名がいた。直後に進藤氏とカメラマンがやってくる。被告人の家族は遺体確認のため病院へ行っている、らしい。戻ってくる前に、メディア関係者が増えていく。30名以上はいるだろう。

 ヒマコのあだ名を持つクルーも到着した。昨晩のことをひたすら謝ってきた。気にしていないこと、美人女将が旭の母であることに驚いたことなどを語り、その場を繕った。彼女は赤面しながら苦笑いしていた。


 署の駐車場で待つこと1時間。一台の警察車両が入ってきた。後部座席から先ず刑事デカらしき男が、次に1人の女性が出てくる。30歳代くらいで少し疲れきった表情である。メディア陣は被告人の母親が来ると思い込んでいるのか、その女性に反応を示さない。家族の顔を知らない私は遠藤氏の様子を窺うも、やはり反応しなかった。ただ、刑事と一緒に建物へ入っていく女性の姿を凝視する旭に、気づいた。が、その時は特に気に掛けずにいた。


 空は暗くなりつつあったが、東署の駐車場では多数のメディア陣で騒々しい。さらに30分ほど経った時、無帽の制服警官がメディア陣へ大声で叫ぶ。


「報道陣の皆さん、これからご家族の方が取材に応じるということです。申し訳ございませんが、こちらの隅の方に集まって頂けないでしょうか」


 メディア陣が騒ぎ始めた。


(ということは、家族は署内にいるということか? ……さっきの女性? )


 制服警官は広報担当なのだろう。段取りよく、メディア陣に指示し、家族が立つ場所を決めた。駐車場の隅を確保してくれたわけだ。


 それから5分ほどして、先ほどの制服警官が建物から出てきた。続いて一人の刑事らしきコートを着た男と女性が一緒に現れる。先ほどの女性だ。年齢的には妹だと察する。


 制服警官の指示のもと、その女性は指定の場所に立ち、そしてメディア陣に深々と一礼した。メディア陣のざわつきを制服警官が、静粛させる。


「は〜い、静かにしてくださ〜い!」


 静粛する間もなく、喉を震わせながら必死に声を出す彼女。


「この度は、兄の件でお騒がせしております」


 自身は仙台に住んでいる妹であること。さらに取材を受ける条件として、近所迷惑になること、母と下の妹が精神疾患であることを理由に、二度と自宅には来ないで欲しい、と伝える。メディア陣からの質問が始まり、一つ一つ丁寧に応えていた。震える声で聞きづらい点もあるが、言っていることはシッカリしている。


 残念なことは、結婚している妹は兄と一緒に住んでいたわけではない。実父殺害の当時の様子、以後の家族の様子も把握していないということである。その辺りは、母と下の妹から聞いている内容として語る。メディア陣も少々消化不良という感じが、伺えた。


「現在、お母様たちはどちらにおられるのですか? 」


 知りたい家族の居場所について、他記者から質問が出た。


「わたくしの、主人の家では手狭のため、主人の親戚宅におります。母も妹も鬱の状態が酷く、外出出来ずにいます。今はただ静かな所で、ケアを受けているところです」


 確かに、息子が父を殺害し、息子が自殺するとなると、通常の精神状態でいることは難しいかもしれない。


「被告人であるお兄さんは、判決後すぐに控訴されています。にも関わらず、翌日には自殺。父親殺しに対する懺悔、あるいは判決への不服。どんな理由があるんでしょうか? どのようにお考えですか? 」


「兄の考えていることは分かりません」


 本人ではないから分かるはずもない。無難な応えである。が、次の瞬間彼女の様相と声のトーンが変わる。


「ですが兄は、わたくしたちの大好きな父を殺害し、家族をメチャクチャにしました。妹が精神的に病んだのも兄の所為です。兄を絶対に許しません! 兄が自殺してくれたことに、感謝しています」


 どよめくメディア陣。大胆な発言である。彼女は兄の死を喜んでいるのだ。感情的にはその気持ちも分からなくもないが……。

 ただ、「感謝している」とは、自殺した兄に対してではなく、兄を自殺に追い込んだ何かに“感謝”しているのではないか、と疑うことにした。




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