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第18話  なに? この娘……


☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。

 


 

 歩きながら手帳に聞き込み情報を整理し、次の行動を思考していた。


「ぁのぉ〜」


 最初の小さな声は、思考中の私の耳に届いていなかった。


「あのお〜! 」


 突然の大きな呼び声に驚き身を退ける私は、視線を手帳から声の主に移す。完璧に存在を忘れていたショートカットの小柄な女性――旭真紀子が左横に立っているではないか。機嫌が悪そうな目つきで睨みつけている、彼女。


「あっ、ごめん」


 反射的に謝っていた。が、強い口調は止まらない。


「進藤さんから頼まれました! ヤナギバっていう記者がこっちに来るから、よろしくって。……でぇ! 何をすればい・い・ん・で・す・か! 」


(なぜ怒ってるんだ? )


 理解不能な旭の強勢に困惑。とりあえず(何かお願いした方がいいのだろう)と思い、たわいもないことを訊いてみる。


「それじゃ〜、被告人()の家を教えてもらっていいかなぁ」


「あそこです! 」


 旭の勢いは、一直線に伸ばす左腕と人差し指でも表現された。視線を向けると、ここに着いた時と同様、各社張り番がたむろしている家を確認出来る。


「ほ・か・に・は・な・い・で・しょう、か!? 」


 攻撃的口調が止まらない。


「いやっ……旭さん、何で怒ってるの? 」


 両手を腰に、頬を膨らませ、繭をつり上げ、鋭眼は私の目をロックオンしている。


「用がないようでしたら、現場に戻ります! 」


 たむろする同業者たちの仲間入りするため、大股で離れていく。


「旭さん、家族はまだ帰宅しないと思いますよ」


 ロボットの如く一時停止、虎のように身体を半転、犬のように吠える進藤氏の女クルー。


「そんなこと分かんないじゃないですかあ! あの主婦ひとたちの言うことが正しいとは限りません! 私のシゴトはここで家族を待つことです」


 再び半転させ、歩き去る。


(それもそうだ。でも……俺なんか悪いことしたかなぁ)


 無意識にため息が漏れる。小さな彼女の背中を見ながら、来た際のタクシー会社に電話。

 その後、進藤氏にお礼の電話を一本。近所の主婦から良い情報が得られたこと、そして家族が仙台に行っていて数日戻ってこないことを報告。ついでに仙台に住む娘の住所を訊ねてみた。調べて後日連絡をくれることに。札幌で数日取材すること、今日はこのまま市内のホテルへ向かうことを告げ、再度お礼を言い、電話を切った。


 タクシーが来る間、再考。

 今回の事件は加害者と被害者が家族であるため、私は確信が持てずに東京から来ていた。しかし、可能性がゼロではなくなった。タイミングよく出掛けているのは、仙台に娘がいるための偶然かもしれない。その娘と接触できれば不安要素は解決する。


(いくら父親を殺されたからといって、息子に復讐するだろうか? )


 さらに調べておきたいこと。

 もし、被告人()(加害者)が自殺ではなく第三者による依頼殺人の場合……直前に被告人()と面会している人物がいないか、拘置支所外に不審な人物がいないか、だ。支所内部の犯行であれば、自殺に見せかけ殺すことが出来るのか、全員が共犯で隠蔽しようとしているのか、その可能性は拭いきれない。もし全員が共犯なら、それを操る組織とは……。




 夕陽がビル群に隠れ始める頃、タクシーが見えたため、軽く右手を上げ示した。

 名前を告げ、後部座席に乗り込み、すすきの駅を指定。後部ドアが閉まる瞬間、再び開き、勢いよく乗り込んでくる人物に、シート奥へ追いやられてしまう。


(ぇっ? )


 目に飛び込んできたのは、先ほど離れて行ったはずの、気難しい女子。


「えぇ!? な、なに? ……」


「運転手さん、出して下さい」


 彼女の勝手な指示で走り出すタクシー。仰け反りながら旭を不思議そうに見ていた私は、言葉を失っていた。その沈黙が嫌なのか、彼女から口を割った。


「進藤さんからの命令で仕方なくです! ヤナギバさんはスゴい人だから、一緒にご飯食べながら色々教えてもらえって……」


 それに対する応答が、見つからない。


(進藤さん、別にいいのに〜)


 結局、目的地まで、沈黙である。

 すすきの駅で降車、先ず宿泊するビジネスホテルを探す。この辺りはホテルが豊富にあるため、観光シーズンでもなければ、大抵は当日でも見つかる。予想通り一軒目で確保。

 シャワーを浴び、パソコンを確認してから、食事に出掛ける……つもりだった私の小さなプランは変更する羽目に。待たせている小娘がいるため、チェックインし、ボストンバッグをフロントに預け、ホテルを出る。


「さあて、どこで飯食おうかなぁ〜」


「こっちです」


 私の意向など関係なく、無愛想に歩き出す小娘。その背中を見ながら、反射的にため息が一つ。見えない鎖に繋がれた飼い犬のように、付いて行くしかなかった。


 5分ほど歩いた小娘が立ち止まった正面には、洒落た小さな料亭。

「こちらでいいですか?」という気の利いたセリフもなく、暖簾のれんをくぐり入店する旭の背姿。反射的ため息が身に付いてしまった。これからの時間を憂う。


(良さそうなお店なのに……今晩はいい酒呑めそうにないなぁ〜)


 寂しく、入店する、中年男の背中が、自分にも見えた。



 

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