第15話 新事件を追う者
☆―☆―☆間は、一人称視点の話です。
☆―☆―☆
続編として、私の記事も掲載された週刊誌が店頭に並ぶ、3月30日。
「柳刃さん、今回の記事について話したいっていう若い男から連絡ありました。電話じゃなく直接会って話したいようです。明日午前中を希望されてますが、どうしますか? 」
出版社編集部長の三枝氏からの電話である。
「OKです。受けます」
読者からの情報は大事だ。怪しい人もいるが、それは会って話しをすればいいことだ。受けることにし、明日の私の希望時間と場所を、提示した。
「わかりました。先方さんからまた連絡がありますんで詳細決まりましたら、メールします」
再連絡があり、コチラの希望時間と場所で、了承を得た。
このような読者の意見や情報提供などを可能な範囲で、聞こうと心掛けている。さらに最近では、SNSのチェックも怠らない。デタラメなものの中で稀に、良い情報が隠されているからだ。今回の記事に関する口コミも前回同様、SNSでの反応が日々増えてきている。が、まだ有力な情報はなかった。
翌日、指定した古い喫茶店で待つ。しかし、一時間ほど待っても現れなかった。
(悪戯だったんだろうなぁ)
気にすることなく、何もなかったかのように店を出た。
***
4月3日、午前9時前――
三枝編集部長から別の連絡が入ってきた。
「柳刃さん、ニュース視ましたか? 」
「いいえ」
「加害者の死亡事件が発生しました」
慌ててパソコンを開き、ニュースサイトを確認。新着情報がある。起床後、必ずニュースをチェックしているが、その時はなかったものだった。
――『死亡したのは、二ヶ月前に実の父を殺害した39歳の息子である。親子ケンカが絶えず、激情して絞殺した事件だ。本人は逮捕直後、殺害を認めるも、公判で一転無罪を主張している。二日前に懲役六年の有罪判決が出たが、即控訴している。その札幌拘置所内での自殺……』――
「三枝部長、ありがとうございます! すぐに現地へ向かいますよ」
数日間分の荷を常に備えている。そのボストンバッグと仕事用ショルダーバッグにパソコンと必要書類を入れ、数分後には自宅を出ることが出来た。
本筋(真相)を確認するために、札幌へ。
地元各メディア関係者が殺到している、札幌拘置支所前。
“加害者連続死亡事件”の記事も多少影響しているのだろうか、意外と人数が多い。支所に着いた最初の感想である。
先ずはメディア関係者から情報を仕入れようと、見渡す。30名ほどいる中に1人、見覚えのある顔を見つけた。
「あの〜、確か……」
「ん? お〜! 木戸さんじゃないのぉ〜。どうしたの? こんな所で」
“柳刃公平”の名は、フリーライターとしての別名である。
「あぁ、ちょっと今回の事件に興味があって調べてるんです。え〜っと確か、シンジョウさん? 」
「シンドウ(進藤)です」
名前を間違えられても嫌な顔をせず笑顔を見せ、握手を求められた。
「ホント久しぶりだねぇ。あの政治家汚職事件以来だから……もう十五年くらいになるかなぁ」
以前、北海道出身の国会議員汚職事件を追っていた際に協力してくれたのが、この人、北海道第一テレビの進藤氏である。六つ歳上だが先輩面せず気さくで、酒とスイーツ大好きのぽっちゃり男さんだ。
早速、質問を投げかけた。
「今回自殺した被告人は、どんな人物だったんですか? 」
「あれ? 木戸さんは社会・政治が専門じゃないの? 」
「いいえ、実は……あれから色々ありまして……」
少し照れながら名刺を渡す。
「ヘェ〜、フリーになったんだぁ〜。頑張ってるねぇ〜……柳刃、公平? ……っ! 柳刃〜ぁ! 」
慌てて口元に人差し指を一本立て、彼を静める。
「柳刃って、あの“加害者連続死亡事件”の記事の? 」
小声で続けてきた。
「ははっ、そうなんです」
少し火照った顔を誤摩化すように、後頭部を掻く。驚きの表情から納得した表情に変わった、彼。
「ははぁ〜ん、だからここにいるわけね」
「そういうことなんです、ハハっ。今朝ニュースを聞いて飛んで来ました! 」
「相変わらずパワフルだねぇ〜木戸さんは……じゃなかった柳刃さんはぁ〜」
「別に木戸でも大丈夫ですよぉ。仲間からは『ヤバ』って呼ばれてますけど……」
「ヤバ、かぁ〜……よし、わかった! 」
進藤氏はクルーのカメラマンに一声かけ、その場から私を連れ10メートルほど離れる。そして、この被告人について淡々と語り出した。
「今回の被告人、近所の評判はイマイチ。感情的で、時には凶暴になる時もあったらしい。金銭トラブルもあったとか……。職も転々で長続きしないらしいよ。父親さんを殺害した当時も無職で、毎日のように親父さんから怒鳴られていた。近所にもその声が聞こえたって。
逆に親父さんは近所付き合いが良く、面倒見の良い人だという声が多かったから、被告人に不利な証言が多く出てきたんだよね。
この前の判決だって「軽過ぎる」っていう近所の声もあったみたいだし……っで、昨日控訴した張本人が自殺でしょ。やっぱ精神的におかしかったのかねぇ〜」
メモしながら、さらなる質問。
「被告人には、他にご家族などはいませんか? 」
「同居していたのは、母親と妹さん。事件当時2人とも買い物に出掛けていた。それからもう1人、結婚して仙台に住んでいる上の妹さん。他は家族じゃないけど、被告人に離婚暦があって、子どもが1人。その母子が今どこに住んでいるかは、判ってないんだけどねぇ」
「そうですかぁ。……他に何か被告人について、あるいは事件で変わったことはないでしょうか? 例えば、暴力団関係と付き合いがあるとか、宗教にハマっているとか……」
「そんな情報はないねぇ。そうねぇ……んんっ…………事件とは直接関係ないと思うけど、離婚後家に戻ってきたんだけど、すぐに家を出たらしい。しばらくして妹さんが自殺未遂したんだ。妊娠していたって話だ。被告人に強姦されたって噂まであったほどだよ。その後被告人が戻ってきて住み始めたから、誰も噂しなくなったみたいだけどね」
「そんなことが……ありがとうございます。……進藤さんあと一つ、雑観取りたいんですが、被告人の自宅教えてもらえないでしょうか? 」
「了解! でも自宅には誰も帰ってないみたいよ。うちの張り番いるんだけど……。旭真紀子という小柄な女の子、ショートカットで目がクリッとしてるから、すぐにわかるから。一本連絡しておくよ」
手帳の一枚を破り手渡してくれたものに、住所が書かれている。
「ありがとうございます。助かります」
「僕がここへ来た時、『家族はまだ来ていない』と聞いたけど、かれこれ4時間は経ってる。多分、警察も連絡が取れてないんじゃないかなぁ」
「そうですかぁ」
家族が周辺にいないことも、今日会えないことも想定済みだった。札幌に何日か滞在することを覚悟の上で、来ていた。
「進藤さん、伺いたいことがあれば、お電話してもよろしいですか? 」
「えぇ、いいですよ」
「ありがとうございます。では、あちらへ行ってみます」
進藤氏から名刺をもらい、会釈して足早にその場を去る。環状通りでタクシーを拾い、被告人の自宅へと向かった。