第10話 取引する相手(2)
☆―☆―☆ 一人称視点の話です。
「先ずは被害者家族の行動です。全員が事前一ヶ月以内に旅行へ出掛けています。確率的に、『犯行者』もしくは仲介者接触のための旅行、目的は“復讐”、と考えて間違いないでしょう。
十五年以上前の旧事件、その被害者家族も、事前旅行していることが確認出来ました。旧事件と当事件の共通点になったわけです」
「よく分かりましたね!? 」
「運が良かったんです。当事件で取材した刑事さんが、旧事件の担当だったパターンですよ。
京都で起きた仮釈放の加害者が死亡した事件、茨城の無罪獲得後の元容疑者死亡事件。当時被害者家族のアリバイを確認、『旅行中だった』ことを覚えていました。2件だけですが、私にとっては収穫です」
「ほぉ〜」
「ただ悩ましいこともあります。その一つが、旅先です。“秩父”“奈良”“伊勢”“出雲”“淡路”“京都”“和歌山熊野”など、有名観光地ばかり……。
誰と会っているのか? は勿論ですが、なぜ観光地なのか? ということです。人気のない場所を選ぶほうが得策じゃないか、と。……逆に」
「人混みの中で取引する意味がある、ということですね!? 」
「そうです。具体的な接触場所がハッキリしてませんから、何とも言えませんが……」
「タイミング的に、ただのアリバイ作り、というわけでもなさそうですからね」
「その通りです。……そしてもう一つ。被害者側への取材で、旅行については首を縦に振ってくれるんですが、『第三者』接触については、全員否定しています。地元の警察も、そこに関しては情報を得ていないのが実情です。
これだけの数の事件が起きているんです。ポロッと口を滑らせる被害者がいてもいい気もするんですが……本当に『第三者』と接触しているのか、自分の推測を疑いたくなるほどです。あるいは、」
「喋ると、自らの命も、危うくなる……」
同調する如く、私は頷く。
「それほど危険な存在、力のある“組織”、と推察します」
「危険な、組織……柳刃さん、以前あなたは、『旧事件を追っていたジャーナリストは、消された可能性がある』とおっしゃっていましたが、事実なら、あなたも危険なんじゃ? 」
「お待たせしました。ホットのチャイティーラテです」
レディーの声で、自分たちの空間が広がった。彼女は、幾何学模様のティーカップ、白磁のティーポットを、静かに置く。
「ご注文は以上でしょうか? 」
「ありがとう」
「では、お寛ぎくださいませ」
丁寧に会釈し、そこから離れた。緊張は感じられるが、手慣れた接客と溢れる笑顔は、好印象を与える。三枝氏はこの茶店を気に入っているが、私も共感済み。
早く飲みたいのだろう。カップへ注ぐと、そのまま口の中へ注入した。一口だけなのに、緩む目元、上がる口元。本当に美味しいのが伝わってくる。
乾いた口を潤す、いや欲求のために、私もコーヒーを味わった。
「私はいつも、危ない橋を渡っています。今回も覚悟の上ですよ」
わざとらしく微笑んで見せた。相手はフッと苦笑いで返してくる。
「三枝さん、もし私に何かあったら……この件から距離をおいてください。危険を感じたら、どんなことをしても、身を守ってください」
微笑したままの彼は、高価そうな細目の眼鏡を外し、テーブルに。寸刻表情を変え、真剣な眼差しで、前屈みに寄せてきた。
「柳刃さん、そうさせて頂きます」
今日初めての、満面の笑みを見せてくれた。
「私もあなた同様、覚悟の上です。ですが、私は会社を守る責務がある。部下たちを護る義務がある。私一人の問題じゃないですから、ね。本当にヤバいと感じたら、手を引きます。
ですが、誤解しないでください。私のクビは、然程問題ではありません。権力による圧力程度なら、堂々と戦いますよ。会社存続の危機、もしくは死人が出るような場合、のみです。
でも多少、危険のあるほうが面白い記事になりますからね。この件だってワクワクしてるんですよ、何が出てくるのかなぁって。
……柳刃さん、安心してください。あなたが生きたジャーナリストである限り、私は支援するつもりです」
驚いた表情を隠せずにいた。そんなコトバを、この場で、獲るなんて……。
「あ、ありがとうございます」
頭を下げた。こんなに嬉しかったことは、最近なかったような気がする。お陰で、目の乾燥を和らげることが、出来た。
「それで……」
口にしたはいいが、なんとなく照れがあるのか、相手も先に進めたいようだ。
「その組織の目星、そろそろついてるんですか? 」




