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ガスマスクと初詣


 今年は随分暑いなぁ、なんて思っていたのも束の間、だらだらと続く残暑は一変、真冬の装いに。

息が白く色づき、頬に突き刺さるような冷たい風にぶるりと身が縮こまる。

日の出はまだ。家族は今頃コタツでぬくぬくお正月特番なんか見ているのだろうけど。

 

「おはようございます、秋元さん」


「おはよう、じゃないでしょ。時計見て」


 秋元さんの言葉に携帯の電源をつけると時刻は12時と3分。

家を出た時はまだ11時だったから、神社に着くまで結構な時間が過ぎてしまったらしい。

個人的には寝るまでがその日な自分だけど、世間的にはもう新しい一年が始まってしまったらしい。


「けど、意外ですよね」


「何が?」


「いや、家族よりも早く、会社の同僚と新年の挨拶をするなんて」


 そう冗談っぽく言えば、マフラーをぐるぐる巻きにした秋元さんはまだ挨拶してないよ、と少し楽しそうにガスマスクから白い煙を吐き出して笑った。

改めまして、ごほんと咳払いをしてあけましておめでとうございます、お辞儀をすればこちらこそあけましておめでとう、といつもの耳馴染みの声と呼吸音に口角が緩んだ。


 仕事納めの時、年末どうやって過ごすかなんて話をして、初詣どうしようかななんてお話が挙がったのだけど、そういえば家の近くに結構大きめの神社があるらしいと話に聞いていた私たちは流れで一緒に初詣に行くことになってしまったのだ。

せっかく初詣にいくのだから、年明けすぐに、と言ったのは自分なのだけど、どうしてこうもガスマスクとは縁があるのだろうか。

 ちらりと秋元さんを盗み見ればきょろきょろと辺りを見回して、ちょうちんの灯りに照らされたガスマスクがぬらりと光っている。


「この時間だと屋台はあんまやってないね」


「もう、秋元さんお腹空いちゃったんですか。ええと、秋元さん夜は何か食べましたか?」


「年越しだからお蕎麦だよ、でも少し、寒いと色々食べたくなっちゃうな」


「まぁ屋台の食べ物に惹かれる気持ちは分からなくもないですが……実家にはいつ帰るんですか?確か一人暮らしでしたよね」


「いや、今年は仕事始めも早いから……」


 でもお節とか、お雑煮とか食べたかったなぁと残念ぶる秋元さんになんなら私の家で、なんて言おうかと一瞬思って、頬が熱くなった。

一人暮らしは私も一緒だけど、幸いにも実家が近い自分は今帰省中だ。

無論お節があるのは我が家ではなく実家で、お招きするとなると、実家に秋元さんを上げてしまう訳で、そうなると、なんというか、その。


 ……考えるのはよそう、落ち着いて会話も出来なくなる。

次に会うときはお餅を渡そう、なんて妄想に耽っていた時、秋元さんに大丈夫?と声を掛けられすみません、といつもの癖で謝ってしまい案の定声を上げて笑われてしまった。


「いや全く。都さんのすみませんを新年早々聞けるなんて思ってなかったよ」


「あ、なんかその言い方とげがありますね。それに誘ったのは秋元さんなんですから、あんましいじわるしないで下さい」


「え!僕何かいじわるなこと言った!?…ふふっ、あーおかしい、ごめんね。ほら、お参りいこ」


 あ、ずるいその逃げ方。

私の話を強制的に終わらせた秋元さんは何食わぬ顔してさっさと歩きだす。

急いで自分も追いつこうと人垣の方へと進めば、少し先で待ってる秋元さんが白い息を吐きながら、嬉しそうに待っていた。

 そして、さっと手をこちらに投げ出して、


「……へ?」


「ほら、混んでるからはぐれちゃうでしょ?」


 茶色の手袋に覆われたそれが、目の前に。

にこにこしてる秋元さんがたじろいている私に早くいこ?と首をかしげる。

相変わらず秋元さんはずるいというか、こう無駄にどぎまぎしてしまう自分が憎い。

自分の気持ちに嘘はつけないと言いますが、相手はまごうことなきガスマスクであり……駄目だ、話題がループしてしまう。

仕方なく、恐る恐る手のひらを上に乗せれば、ぎゅう、と大きめの手に握り返されてしまい再び頬が熱くなる。落ち着け自分。


 紅くなった顔をごまかすように先に進めばどうしたの、なんて楽しそうな秋元さんにますます調子が狂うというか、新年早々健康に悪いんじゃあないか、そう思いながらぐいぐい秋元さんの手をとって参拝の人垣を進んでいく。

 厚着をしたもこもこの人たちが、息を白く吹かせながら順番にそれぞれのお願いをしていく。ゆっくりと進んでいく波に息が詰まりながらも、握られた手の感触だけは確かで、


「けど本当に混んでますね……」


「た、確かに……ほら、前進んだよ!」


「うう、きつい……っ!!!?」


 どん、初詣でではよくあることなのだけど、人垣に押されて、

ちょうど秋元さんの胸の中に押し返されて、あ、ロマンチックなシチュエーションだなんて思ったのも束の間。


「ひあああっ!!つめたいい!!」


「!?えっ、都さん!?」


 首筋に触れた秋元さんの顎、もといガスマスクが、肌に触れて。

当然、お分かりの通り真冬の空気と風に晒されたそれは人肌を、気温を軽く超えて、びりびりとした電撃を私の無防備な首筋に与えたのだった!

 大声に驚いた人たちによって一瞬周りが緩み、秋元さんと繋いだそれが離れる。


「ひっ!!もう!だからロマンチックだなんて思った私が馬鹿でした!もう嫌ぁ!!」


「っ!ご、ごめんね都さん!僕平熱低くて……!あ、そうだ!ほら、僕のマフラー貸したげる!コートだけじゃ寒いでしょ?」


「そういう問題じゃな……あぁっ、やだ、秋元さ…ん!つめた、あ、当たってます!」


 ごつごつと秋元さんの顔面が当たるのを回避するもあっという間に大きめのマフラーにぐるぐる巻きにされ、涙目の私。冷たくなったマフラーに顔を埋めるもむなしい。


「ううっ全然ロマンチックじゃない……」


「もう!ほら、順番来たよ。お祈りしなきゃ」


 秋元さんに押されるまま、強引に賽銭箱の前まで並ばされる。

五円玉を投げて、二礼、二拍手、お願いをして、一礼。

すっかりさっきのごたごたで暖まった体、ちらりと横を見れば秋元さんはまだお願いをしているようで、手を合わせたまま動かない。


 さっきはああ言ったものの、どきどきしてたのは嘘ではないし、平然と人垣の中ガスマスクを被ってる秋元さんが、どうしても気になるというか、かっこいいというか。

ぶり返した熱に思わずマフラーを握りしめれば、ふわふわと柔軟剤の甘い香りがしてますます顔が熱くなった。

 

この不思議なガスマスクの男に出会ってから約一年。

色々な出来事が秋元さん中心だったな、なんて思い返す。


(来年も、隣のデスクだったらいいな……なんてお祈りしたなんて、言えないな)


 帰りは肉まんを二人で食べようか、とか鍋でもいいな、なんて思いながら風で冷えた黒いマスクをぼんやりと目で追っていた。

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