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ガスマスクと潜水服


 いつも通り時計を気にしながら早足で会社に向かい、エレベーターが故障だったものだから階段を全力疾走、息も絶え絶えになんとか時間通りにタイムカードを押して倒れるように自分のデスクに移動して、

目の前に飛び込んできた異質なものに私は思わず倒れてしまいそうになりました。


「え、えええ……は?ええ?」


 いつもならここでマグカップを手に持った秋元さんにまた寝坊?なんて聞かれるもんだが、なんということか!

目の前には見るも奇妙な大きなヘルメットが一つ。

中央に大きな窓が一つ、周りに覗き穴が二つ三つ四つ……


 これは、何だろうか。

なんともいえない謎マスクを被ったスーツの男が座っていたのです。

いつもの流れならここでおはようございます、勿論寝坊ですすみません、なんて雑談が始まるのだけど、流石におかしい。

 荒ぶる息をしゅっと潜め、こそこそとヘルメットの後ろをすり抜けて飛び込むように椅子に座った。


(あき、もとさん……?え、あれ、あれが秋元さん?)


 いやありえないでしょ、秋元さんが被ってるのはガスマスクだよ!

訳の分からないことを、そう思いながら再び横を向けばヘルメット男は秋元さんのコンピューターに向かってなにやら打ち始めたものだからやはりこれは秋元さんなのだろうか、じっと彼を見つめていれば中身の見えない窓から視線が動くのを感じて。


「おはよ、都さん」


 耳なじみの声に都はほっと一安心した。

しかしこのヘルメット男が秋元さんだとしてもおかしいことに変わりはないじゃないか、なんでいつものガスマスクじゃないの!

いや、いつも同じ奴を被っているわけではないのだけど、脳内で繰り広げられた内容をまとめるとこんな感じで、内の世界から秋元さんの言葉で強引に現実に引き戻されたのであった。


「や、やっぱり、その……おかしいかなぁ?」


「そりゃいつもと違うんだからーってえええ??!はいぃ?」


「そ、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか!」


 いや、無理もないですよ、声を荒らげて椅子から勢いよく立ち上がれば伸びて来た両腕にすとんと押し返されて秋元さんを見上げる形になった。

椅子ごと近づいた秋元さんとまたまた大分近い距離にいて、今すぐ、自分の椅子から秋元さんの胸の中へ飛び込めちゃうんじゃないか、なんて一瞬、ほんの一瞬だけ考えがよぎって。

走って貧血になりそうです、そういって倒れちゃおうかなんて考えて、


「都さん、これはね、ちょっと訳ありで……」


「またこないだみたいに言い訳するんですか?」


「っ、み、都さん!こないだのは本当に悪いと思ってるって、でも、泥酔した都さんも悪いんだよ?足取りもおぼつかなかったんだから……」


「あ、秋元さんだって結構飲んでたじゃないですかー!それになんで一緒のベッドに……!」


「都さんが放してくれなかったから……!み、都さん!声!声大きいよ!」


 何言ってるの!その直後彼の言葉を理解してはっとした。

辺りを見ればなんだかにやにやとした様子の同僚たちがこちらを見ながら内緒話中のようで。

かっと顔が熱くなるのを感じて肩をちぢこませて顔のほてりを我慢していた。

まった、こういう風に直ぐに熱くなる癖をどうにかしなければ。

それにしたって私が悪い、みたいに言わなくてもいいじゃないの、ちらりと俯いた頭を少し上げれば見慣れないヘルメットがこちらを見ており再び顔に血が集まるのが分かった。


「み、ないで下さい……」


 とは言ったものの視線が逸らされることは無く、暫くじっと見つめられてから不意に秋元さんが私の掌を握っていよいよ目が回ってしまうかも、という時掌に落ちたプラスチックの感覚。

秋元さんと目が合って、掌がゆっくりと外され一袋のビスケットの包みが顔を覗かせた。


「えっ、あ、あきもとさん?」


 びっくりして気の抜けた私の顔が面白かったのか、ふふ、といつもの控えめな笑い声が聞こえた。

掌に残った僅かのぬくもりにぼんやりしてれば今度は紫の飴の袋がことんと掌に落ちた。


「今日、ハロウィンなんだよ、覚えてた?」


 だからいつもと違う格好なんだ、そういってヘルメットをこんこんと叩いた後、おまけだよ、そう言ってもうひとつ飴をビスケットの包みの上に置いて。

成程、とお腹のそこで湧き上がったおかしさに口の端が自然と上がってお化けがお菓子をあげてどうするんですか、そう笑いながら言えばそりゃそっか、秋元さんが掌を差し出しお約束の言葉を口にしたのでした。

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