ガスマスクと明くる日
昨日は……会社の同僚で飲み会に行って、課長が無理に呑ませるものだから、その時は気分がよくて調子に乗っちゃって、相変わらず秋元さんはどのタイミングで食べてるのか分からないなぁなんて。
あと私と違って唐揚げにはレモンをかけないでマヨネーズを付ける派だとか、笑い上戸だとか。
少しごちゃついた記憶をなんとなく整理して、
ごろりと寝返りを打って、私は言葉を失ったのでした。
「な、ななな……!」
至近距離、向かい合うような形で見慣れたガスマスク姿の秋元さんが何故か、私のベッドの上で寝ている。
マスクがなかったらこの距離に耐えられなかったかもしれない、といつもの恨めしい存在にちょっとだけ感謝した。
「え、えー……、嘘でしょ」
既成事実、というのは無い気がする。
お互い昨日の通勤服のまま、枕元に秋元さんの胸元から取れたであろうネクタイがぐちゃぐちゃのまま転がってる以外におかしい点はないし。
恐らく、昨日の飲みの後、二人とも凄く酔ってたから変なテンションのまま我が家に転がり込んでそのまま泥酔、というのが正解な気がする。それにしても、もう少し普段から部屋を掃除しておけ、と床に転がった服を見て反省した。
それにしても、と改めて都は目の前で気持ちよさそうに眠るそれをまじまじと見た。
寝てるときでもやっぱり彼はガスマスクを外さないようだ。いや、疲れてそのまま、という可能性もあるけど。
彼は数種類このごついマスクを持っているらしく、今日は最近新調したと思われるぴかぴかのそれを付けていた。
ガスマスクの癖に、匂いがわかったり、視力も良かったり、もしかして秋元さんの本体はそっちなんじゃないだろうか、なんて好奇心で顔につけられたらそれに触れれば冷たい感触がしてまさかね、いつもは近づけない距離で見れたことがちょっぴり嬉しかったり。
「それにしても、なーんで一緒に寝てるんだろ……」
いつもの耳なじみの呼吸音も、少し静かで。
カーテン越しの朝日がいい雰囲気というか、少しいかがわしいというか。
そういえば、と秋元さんの頭上に手を滑らせて、取り外す用のバンドのロックを撫でる。
もしかして、今なら秋元さんの素顔が見えるんじゃないか、下心というか、好奇心というか、かちゃりとなる錠の音に窪みに手を滑らせて、
「うう……ん」
都は思わずでそうになった声を飲み込んだ。先程まで至近距離で感じていた熱がずっと近く、いや、まだるっこしい。背中に一本、腕が回される感触。目の前に秋元さんのガスマスクと肌の境が見えて、アルコールの匂いと、汗の匂いにぶるりと肌が粟立った。
「んん……っ」
「あ、き、もと、さ……ん」
衣擦れの音が秋元さんの身じろぎに連動している。
私はというと、秋元さんにがっちりホールドされて緊張も相まって身動き一つとれない。
これは、漸く頭が回ってきたと思えば今度は頭が沸騰しそうになってきた。
酸素を取り込もうと胸が上下して、ブラジャーの存在がもどかしい。
いや、これがなかったらもっといかがわしいというか、……ますます訳が分からなくなってきた。
「あき、もと、さん。起きてますかー?なんで一緒の布団で寝てるんですかー、ガスマスク剥いじゃいますよー」
返事は無し。
現在抱きしめられたまま、未だ夢の中らしく、暖かい秋元さんの胸元。頭上にガスマスクのごつごつした感触以外はロマンチック。
相変わらず抱きしめられた腕は邪魔だし、呼吸音はうるさいし、ガスマスク相手に何どきどきしてるんだ、なんて自分がむかつくし、秋元さんは気持ちよく眠っちゃってるし。
全部秋元さんがいけないんだ、そう言い訳してそっと身を寄せて瞼を閉じた。