ガスマスクと眼鏡
「あれ、都さん、それ」
しばらく視線を感じた後、徐に掛けられたその言葉。
都はああ、と明るい調子でさっと自分の顔の上の黒い眼鏡に触れた。
「都さん、目、悪いの?」
「いえ、普段はコンタクトにしてて、ちょっと調子悪くて。もしかして見たことなかったですか?」
恥ずかしいのであんまし見ないで下さい、そう言ったもののふうん、と秋元さんがじっとこちらを見てくるものだから顔に熱が集まって、なんだか居たたまれなくなってしまう。
この間の件から妙に意識してしまうというか、お互いに顔を会わせる機会が増えたような。
頑張って秋元さん、と奇妙な間を破ってそう言えば眼鏡姿もなかなかいいね、なんて言われていよいよ顔がかっと熱くなった。
「都さん、顔真っ赤だよ。もしかして照れてる?」
ふふ、と楽しそうに笑う秋元さん。これはなんだか弄ばれてるというか、なんというか。
じわじわと高まっていく恥ずかしさに負けて眼鏡を外せばああ、と秋元さんの残念そうな声に幾分自尊心が回復したのであった。
「もう少し見たかったのに」
「見たかったらこの後こっそり見ればいいじゃないですか」
「それじゃあ横顔しか見えないでしょ。都さんの眼鏡姿、もっと見たいな」
ずい、と秋元さんが椅子ごとこちらに近づいてきて思わず突拍子のない声を挙げてしまう。
私の手から眼鏡を奪い取ろうとしてきて。
こんなに眼鏡で躍起にならなくても、そんな時いつもの気になることがぽわんと都の頭の中に降りたったのである。
「そういや秋元さんは何も付けてないんですか?」
何を、下り調子のその言葉に眼鏡とか、そう返せばまさか、コンタクトも何も付けてないよ、そう言って自分の顔……ガスマスクのゴーグル付近を撫でた。
「ほら、見れば分かるでしょ」
「い、いや……見ても分かりませんよ、普通」
「でも都さん見てたら僕もちょっと眼鏡とかしてみたくなったなぁ。最近は伊達眼鏡も結構多いしね」
似合うかな、そう言ってさっと眼鏡を奪い取ってゴーグル越しに眼鏡を持つ。
案の定ゴーグルの方がずっと大きくてなんだか面白いことになっていて都は思わず笑ってしまった。
「あっ、ちょっと、笑うなんて酷いな!」
「ふふ、お互い様です。でもその恰好、おかしーい!」
「え、そんなに変かな、ねぇ!」
「変ですよぅ、あははっ、秋元さん、全然似合ってないですよ……!」
私はいつもの秋元さんがいいですね、そう言って骨ばった指に捕らわれた眼鏡を奪い返しちゃき、と指で上げて格好付ければそれがやりたいんだよ、と妙に悔しそうな秋元さんにふふん、と都は得意げに返したのであった。