ガスマスクとコーヒー
どうも、都です(前回は名前も出してなかったんだよね、今後ともお世話になりそうなんで一応自己紹介です)。
あれからまた少し経ってガスマスクもとい秋元さんとはぎこちないながらも少しずつお話をしています。
とはいったものの、秋元さんには未だ彼の顔面に張り付いたガスマスクの子細を尋ねてはいない。
気になってはいるもののなかなか自然に質問出来るタイミングもなく、気がつけばガスマスクのことなんか忘れている位。
正直なところこの個人的な質問で何か問題が起きてしまう位なら黙っていた方がいいんじゃないか、と少し大人になった私なのだけど如何せんもう一つ気になることがある。
「コーヒー飲みたい人ー!」
智美の声に反応してパソコン片手に手を挙げる数名。そしてその中に彼はいた。
そう、彼は……ガスマスクは、コーヒーを飲むのだ。いや、飲んでるらしいのだ。
気がついたのは数日前。彼のデスクに置かれたマグカップで湯気を燻らせていたそれを見てふと、彼がどうやってそれを飲んでいるのか疑問が湧いた。
秋元さんがガスマスクを少しでも脱いでるところを私は見たことがない。
彼のガスマスクの防御は階段を登る女子高生のスカート並に完璧なのだ。いや、ただの例えだけど。
とにかく彼がコーヒーを飲む瞬間を私は見たことがない。気がつくとコーヒーの量だけ減っているのだ。
これはおかしい。
こうなれば後は簡単、コーヒーを飲む瞬間を華麗にウォッチし秋元さんの中身を確認するしかない!
てな訳でこうしてじっと彼を観察してるのである。
コーヒーのなみなみと注がれたポットが手と手の間をリレーしているのをじっと見ながらターゲットの手に渡るのを見る。秋元さんは慣れた手つきでマグカップ(非常にお洒落でした)に黒い液体を注いで……
「あの、都さん?」
注いで、ガスマスクはレンズを少し曇らせながら困惑した様子でこちらを見ていた。
こちらを見てる?見てる?見て……えええええええええ!!?
いぶかしげな振る舞いの秋元さんにはっとして反射的に体を上げれば勢いでデスクにがつんと当たり背中が痺れる。大丈夫ですか、とポットを持ったままの秋元さんに背中の痛いのを立ち上がる。
「っ!あ、あのっ、これは、その……なんというか、ですねっ!」
何か言わなければ、そう思ったものの上手い言い訳が浮かんでこない。どうして立ち上がったのか、秋元さんの背後で何人かがいぶかしげな顔をしてこちらを見ている。うう・・また頭おかしいとか言われそうだよ・・。
「えっと……あの、その……っ」
「あ、都さんもコーヒー欲しいんですか?」
「えっ……は、はい!!?」
欲しいなら手をあげればよかったのに、と何が楽しいのか笑い声と聞きなれた呼吸音を響かせながら秋元さんはすっと私のデスクからマグカップを取って熱々のコーヒーを注いでいく。
何がなんだか、そう思っているうちに目の前になみなみに入ったコーヒーを差し出されてありがとうございます、と彼の手からマグカップを受け取った。
湯気をぼんやり眺めながら恥ずかしいことをしてしまったと顔の熱いのを蒸気のせいにしながら一口すすって、ふと視線を上げたら彼の手からマグカップが落ちるのを見てしまい理不尽だ、と自分の間の悪さを呪った。
相変わらず彼のガスマスクは少し曇っているだけで、なみなみ注がれてたはずのコーヒーは少しだけ水位を下げていた。