ガスマスクと同僚
アレルギーなんです、とさも当然といった様子で奇妙な出で立ちの彼は言った。
花粉症の人だってそんな物凄いマスクなんてつけてませんよ、なんですかそれ、毒ガスでも防ぐんですか。
といいますか防御するのは頭だけでいいんですか?ゴーグルまでして下は普通にスーツですか。シュールですよ。
喉まで出かかった無数の疑問とツッコミを寸での所で押さえ込み、ちらりと周りの様子を見る。
会社にガスマスクなんかをつけてくる人なんてそういない。
皆私と同じだろうと思えば不審な顔をしているものなんか一人を除いておらず、下らない質問なんかをして特に他と変わらない新歓式となったのであった。
その後も私以外彼が新入社員だという真新しさを除いて特異な存在だという風に見ることはないまま時間は経っていくのである。
かたかた、たん、無機質な音を奏でながらダースベイダーばりの呼吸音をさせて彼はそつなく仕事をこなしていく。
入社して、一週間。流石に隣の席なのに沈黙を守りつづけるのも辛くなってきた。同僚は皆親しげに今日飲みに、とかなんとか話してるというのに――
私は意を決して彼に子細を聞いてみることにした。何はともあれ当たって砕けよう!くるりと椅子を回して声をかける。
「えーっと……あき……」
「秋元です」
ああ、秋元さんね(ファーストインパクト以降このガスマスク男をガスマスク以外の名前で読まなかった、首から下はおまけ程度だったので胸のネームプレートなんか印象に残らないし)、とにもかくにも第一会話無事成立。
私は深く息を吸い込んでガスマスクについて詳しく聞いてみることにした。
なるべく親しげに、にこにこしながらガスマスク面を覗き込む。
ゴーグルには私の顔が薄く反射している。
「あ、秋元さん……ここでの仕事はもう慣れましたか?」
「うーん、まだちょっと浮ついた感じですかね。僕、どんな感じに見えます?浮いてますか?」
「(えええバリバリ浮いてるよ!)え……えと、いえ、秋元さんは物凄く熱心ですよね、仕事も……見なりも、きちんとしていらっしゃいますし」
「目が泳いでますよ?」
滅相もない!と彼女が叫ぶ。
一瞬の沈黙と同僚の視線を感じ畏まる。なんなんだ、まさか本当に天然なのか。
それとも私の知らない所でガスマスクを被るのが常識化してるのか?
再び加速する妄想が止んだのは立ちすくんだ彼女に秋元が大丈夫ですか、と恐る恐る尋ねた時だった。
「いえ……ちょっと動揺してしまって。あ、あの、秋元さん」
「なんですか?」
「ずっと聞きたかったんだけど……」
「はい」
「お顔のが「秋元くーんこれ頼まれてくんなーい?」――はい?」
「あっ、すみません。なんですかー?」
すみません、と軽く会釈をしてすっくと立ち上がった秋元さんは蛍光灯の光を反射させて課長の元へ歩いてゆく。
あと少し、あと少しだったのに。せめてガスマスクが流行ってるかどうか聞きたかったのに。
そう思い秋元さんが上司と会話してる時、こっそり向かいの宮田さんに聞いてみたが妙な顔をされた。
ガスマスク改め秋元さんの詳細を追うため次の飲み会には必ず参加しよう、と彼女は決心したのであった。