少女の想い
月を司りし女神ルファスは、自らの神力を注いで、一輪の薔薇をそだてあげた。
地上ではけしてみることのできない、神秘的な蒼の薔薇。
育てたルファスですら、ため息をもらすような美しさの薔薇。
ルファスは、儚くも美しいその薔薇から、1人の少女を創りだした。
幻想的な花弁と同色のふわっとした髪、それよりも深い瞳。
透明感のある潤った肌、細くてしなやかな指。体や髪から、ほのかに優しい香りがする。
綺麗な、綺麗な少女。
創りだした少女に、ルファスは慈愛の声を授けた。
少女の歌を聴いたヒトに幸せが訪れるように。
少女は美しかった。
美を司りし女神アンプルよりも、愛を司りし女神ディーテよりも。
まさに、神の最高傑作。
神の創りだした、奇跡。
満月になればその髪と瞳は輝きを増し、よりいっそう美麗になった。
少女の核は胸に宿りし薔薇の花。
少女のもととなったその薔薇に、ルファスは『レミュウ』と名づけた。
わが娘のように慈しみ、少女の親代わりになった。
少女は読書が好きだった。
小鳥を手にのせ、本を読んだ。
少女が年頃になった時、ルファスは少女をヒトの世界におくりだした。
少女が愛し愛され、幸せになることを願って。
しかし、ルファスの望んだようにはならなかった。
確かに人々は少女を愛した。誰もが少女を愛した。
けれど少女の心の支えになろうとする者は現れえなかった。
少女が愛し、共に歩んでいけるような者はいなかった。
少女は戸惑った。
毎日毎日毎日、毎日自分のところにおしかけてきては歌を聴かせて欲しいと地面にひれ伏される。
歌った後はまるで神をみるかのような目で見つめられ、あなたに一生ついていく、などといいだす。自分を神格化し、崇めるヒトはどこか狂信的だった。
少女は、静かに読書をして、自由気ままに歌ったり薔薇を育てたりして、平穏に暮らしたかった。
ルファスが真の意味で自分を愛してくれたように、誰かを愛し愛されたかった。
ただ、それだけだった。
誰も自分を対等には見てくれない。
最初は、喜んでもらえるのが、感動してもらえるのが嬉しくて。
歌を歌い、人々の心を癒せるように努力した。
期待を裏切りたくなくて、声がかすれるまで歌ってまわり、応え続けた。
胸の薔薇の花がしおれてきているのにも気付かなかった。
自分は神ではない。確かにルファスは自分を愛してくれたが、ルファスは他の人々にも祝福を与えていた。
特別な存在だと言われるのが、自分は他のヒトとは違うのだといわれているようで哀しくて。
誰も自分の中身をみてくれはしなかった。
少女は歌を歌うのが楽しかった。
ヒトが自分の歌を聴いて幸せになってくれるなら、こんなに嬉しいことはなかった。
だからこそ少女はヒトと対等でありたかった。
同じ立場で語り合える友達が。一緒に笑いあえる友達が。
いつか恋なんかもして、結婚したりしてみたかった。
薔薇の花が枯れたと悟った時、少女は安堵した。
歌うことを苦痛だと感じてしまわないうちに、ヒトを拒んでしまわないうちにおわらせたくて。
胸の中の薔薇の花を握りつぶすかのような動作をしてから。
少女はゆっくり目をとじた。