明るい地獄のためのシンポジウム
「あの、すみません」とそれは言った。
十歳くらいの子供の背丈の青鬼とでも言おうか。顔色が悪いなんてレベルでなく青い人型の生物だった。パンチパーマではなく、ごく普通の日本人的なストレートショートの黒髪の合間に申し分程度に二本の角が生えていた。
時刻は丑三つ時だ。仕事が終わり、どうにかこうにか久しぶりの我が家にたどり着いたところで、それは現れた。それも玄関に。
疲れ果て、仮眠を求める私は、とりあえずそれを蹴飛ばして、六畳一間の我が家に入る。デスマーチで心身ともに疲弊した社畜に怖いものなんてない。いや、ボロボロの集中力で仕事をミスらなかったかどうかは怖い。
「って、待ってください」
それは追いすがって来たが知ったことではない。同僚が救急車で運ばれる中、平常運転で仕事をこなす我々社会人(笑)をなめるな。
化粧を落とさなきゃ、というかそもそも化粧してたっけか、の以前に布団敷かなきゃだとかまとまらない思考は放棄して適当に寝転がる。連日宿泊設備もない社内で仮眠を取ってきた私は、何処でも寝られる。
「ああ、もう本当に待ってください」
あせったように言うと、なんか紙らしきものを私に握らせてきた。
「お時間はかかりません。あ、こちらの時間ですが」
煩い。だが、眠たい。
「今、地獄では人口超過が社会問題になっていまして、比較的広範囲に広がる賽の河原も高齢者を受け入れざるおえなくなりまして……」
お前は政治家かと言いたくなる面倒な長話を子守唄がわりにすることにした。社会を憂えるよりも明日を生きられるかが、低賃金社畜にとって重要なのだ。ああ、そういえば、冷蔵庫は空だ。
ふっと、一瞬落ちた意識が戻った。
瞼をどうにかこうにかこじ開けると、知らない場所にいた。それも、直立状態で。とうとう夢遊病かと、納得できるくらいには自分に優しくない生活を続けている。
きょろきょろと周囲を確認すると、赤黒い小部屋という情報が得られた。物なんぞ何もない。赤黒いのは血のような汚れが付着しているからのようだ。床や壁どころか天井にまでしつこく付着しているので、ある意味壮観だった。
光源もないのに暗くもない不思議な小部屋だったが、深くは考えない。思考の放棄は生きる知恵だ。
「あれ?」
視線を自身に落とせば、封筒を握っていた。
他にどうしようもないので、黒地の封筒を開けてみた。
『社会問題を考える ~賽の河原における社畜問題 第三回~
人口飽和のため、賽の河原にも成人を引き取ってもらうようになりました。初期の頃は年齢を無差別にしていたために、介護問題が発生してしまったのも記憶に新しいかと思います。生物的な寿命を超えるとノーカウントととの結論がでたのは、このシンポジウムでした。その節は皆様ありがとうございました。
さて、現在賽の河原では、ご存知の通り社畜問題が起こっています。地蔵菩薩の出現に子供たちが「社畜道に落とさないでください」と泣き叫びながら逃げ出すという前代未聞の事件は記憶に新しいかと思います。
今後、このような事件を起こさないためにもこのシンポジウムを開催することにしました……』
封筒同様の黒い紙に、赤いインクでそのようなことが、つらつら書かれていた。
「社畜問題だと……」
安い賃金で馬車馬も吃驚するくらい働く社会人(笑)の鑑を問題扱いとは、どれだけ温い地獄なんだろうか。おそらく、この地獄の者どもに社会人(笑)は勤まるまい。
「あ、気付かれましたか?」
鼻で笑っていると、唐突に青鬼(多分)が現れた。自宅玄関で見た幻覚と同じ奴だ。相変わらず気色悪い配色だ。とはいえ、一週間くらい姿を見せなかった元隣の部屋の住人(同僚)だった物体Xよりマシな配色だ。獣臭はするとは言え、腐敗臭がないのも良い。
「本当はここへ来る前に説明を……」
長くなりそうなので、再度蹴飛ばして、どこかへ歩き出す。幸い部屋の外の廊下は一本道だった。小部屋と同じく大量の血液で赤黒いが、贓物が転がっているわけでもないので気にしなければどうということはない。デスマ中に帰宅した裏切り者(同僚)が元人間だった何かに変わったモノに幾度かエンカウントしてしまったためにグロ耐性には自信がある。うん、そろそろ今の職場を辞めないと人間として大切な何かを失いそうだ。私には真の社会人(笑)は無理かもしれない。
すたすたと不気味な廊下を進むと、大部屋に出た。一本道にも関わらず、大部屋にしか繋がってないこの建物の構造が気になる。そもそも、出入り口どころか窓もないこの空間にどうやって来たんだろうか。
「もう、何なんですか?社畜の畜は鬼畜の畜なんですか」
ぼんやり何もない部屋を眺めてると、追いついてきた青鬼(以外に言いようがない)が恨みがましく言う。社畜にとって貴重な自由時間を奪った奴に恨まれる筋合いはない。休息できずにぽっくり逝ったら絶対に祟ってやる。
「ぶっちゃけ、他人事じゃないんですよ?」
何かほざいているが、仕事関係以外は聞き流すのが心を病まないためのコツだ。廃人なんて御免である。そういえば、今回のプロジェクトの途中で発狂した同僚はどうなったのだろう。いきなり白目を剥いて笑い出した辺りまでは辛うじて記憶にあるのだが、その後姿を見ていない。怒号が飛び交っていた気もするが徹夜も一週間続いていると意識が朦朧として記憶も定かではない。
あ、うっかり忘れていたが、今回のデスマはまさに死地に向かっていたせいで、脱落者も当社比倍くらいだった。深刻な人材不足で次のプロジェクトは開始前から既に死亡フラグ乱立状態だ。うん。これ、次、私も死んじゃうね。
「ここに呼ばれた現社畜のみなさんは棺桶に片足つっこんでる人ばかりなんで。何かの拍子にこっちに来ちゃう人なんですよ」
ああ、なんか青鬼(鬱陶しい)が言っている。辞めるなら、今が丁度良いか?でも、この人数不足で辞められるんだろうか?自分の人生を辞めるよりも会社を辞める方が罪悪感を覚えるのが清く正しい社会人(笑)だろう。でも、二十代前半で人生リタイアもどうなんだろうか。
「もう、やだ、社畜ども。こんなの量産してる現世って、どうなってるんですか?」
とうとう泣き脅しを始めた。しかし、目の前で子供が死に掛けて助けを求めようと、無視して仕事を続行するのが社会人(笑)というものだ。仕事の前に全ての命は水素以下の重量しかない。そんな社畜に泣き脅しなんぞへでもないのでスルーし続ける。
「ああもう。聞き流して結構です」
しくしくと何かをほざく青鬼(全くかわいくない)はさておき、改めて大部屋を眺めると、いつの間にか戸が増えている。出口だろうかと近づいて行くと、ひとりでに開いた。自動ドアはなく、金属の丸いドアノブがついたいたってシンプル且つ無個性な戸なので、開けたヤツがいるのだ。警戒して間合いをとるのは生物の本能だろう。
「って、あれ?リーダー?」
大部屋に入室して来たのは、今回のプロジェクトの初代チームリーダー(享年三十二歳)だった。最期に見かけた時と同じく、ボサボサの髪と無精髭が不潔さをアピールしまくっている。ぶちゃけ、近寄りたくない。ああでも、生前の臭さがないのは有り難い。一ヶ月風呂に入っていない彼の臭いは新手の兵器レベルだった。
「おお、久しぶり」
生前と変わらない顔色のためか、幽霊だという気がしない。これ、確実に私も似たような顔色なんだろう。棺桶に片足突っ込んでるらしいし。
「あのリーダー、ここってなんなんですか?」
知らない場所で知人に会うのは心強いものである。掻く度にボロボロ垢が落ちるような元リーダー(享年三十二歳)だろうと。
「ああ、地獄とか言うホワイト企業の賽の河原部……」
「違います」
リーダー(享年三十二歳)のセリフを遮ったのは、リーダー(享……略)の背後から現れた赤鬼(どう見ても青いヤツのアナザーカラー)だった。双子でなければ細胞分裂で増殖しているのだと思わせるアナザーカラーっぷりに青鬼(オリジナルはどっちなんだろうか)を振り返った私は悪くない。
「いや、違わないぞ。なんせ、ノルマはあるが期日はないんだぞ?」
力説するリーダー(略)の目はランランと血走っている。うん、生前と変わらない。いや、こっちのが元気かもしれない。
それにしても、期日がないのは凄い。〆切が迫るなか、クライアントからの仕様変更で何人犠牲になったことだろう。恐ろしいのはその「犠牲」が文字通り「犠牲者」な辺りだ。ああ、これ、クライアントが殺しにかかってたんだ。改めて思い返すと酷い。
「今回は三日前に変更言ってきて、デバック中に何人か逝ったぽいです」
「最初っからやばかったからな。担当二人の意見食い違ったまま発注してくんなって感じだよな」
「まあ、言えてたら死人は出しませんよね」
うんうんと頷く社畜二匹を赤青の鬼二匹がドン引きで見ている。鬼にドン引きされるのは納得いかないというのが乙女心というものだろう。社畜に人間らしい心があるかどうか不安だが。私は鬼二匹を睨んだ。
「あの……」
ふと、あらぬ方角から声が聞こえた。見れば、また戸が増えていた。そして、十メートルくらいだろうか、そこそこ離れた場所にミイラ二体が立っていた。どうも男と女の二体っぽいのだが、どちらもショートボブで、服装も白シャツに黒の綿パン姿のため判別し難い。体型にいたってはトリガラ過ぎて皮がなければただの骨格標本なので論外だろう。いや、知識がある人なら骨格で性別が分かるんだっけか。
「あなた方も、ここに連れて来られたんですか?」
最初に声をかけてきたミイラその一(声からして男)が話しかけてきた。うん。これ、どっちかは生きてるっぽい。私(生者)とリーダー(死人)みたく。どっちもミイラだけど。ついで言えば、多分、相手からも「どっちが生きてて、どっちが死んでるんだろう」と思われてるっぽい。化粧落とす前だったハズなんだけど、カーバーしきれないくらい死相が浮かんでんじゃないだろうか。他者を見て我が身を振り返ってしまった。
ふと、リーダー(死)は封筒を所持していない事に気がついた私はミイラ二体を見比べた。するとミイラその一(男)は封筒を握っているのに対して、ミイラその二(多分女……だよね?)は手ぶらだった。ポケットだとかにしまってるいる様子もない。ならば、ミイラその一は一応、仮にも、多分、生きてる人間なんだろう。この人、現実に戻ったら生き仏になる荒行でもすると良いんじゃないだろうか。いや、現代だと法律的に無理っぽいか。
「はい、恐らくは。ええっと、そちらも、訳の分からないシンポジウムとやらに呼ばれたんですか?」
仲間と分かれば無視するのもアレだ。情報も得られるだろうし、返事をしておく。利害を優先して人間関係を構築するのが社会人(笑)の嗜みだ。
「そうなんですよ。三ヶ月ぶりの帰宅だったのに……」
「あ、私は一ヶ月ぶりでした。久しぶりにちゃんとした仮眠が取れると思ったらコレです」
「一時間でも良いから寝たかったですよね」
「せめて三十分あれば、一日頑張られるんですけど」
現役社畜の話は弾む。主に奴隷の鎖自慢になって行くのは社畜の社畜たる所以だろう。ミイラその一と話していると今の職場でもまだまだいける気がしてくる。どう考えても錯覚だけど。ついでに言えば、奴隷は財産扱いだから消耗品扱いの社畜とは家具とティッシュくらいの差があるので、社畜自ら奴隷に例えるのはおこがましいのだが、気にしない。
「どこも同じようね」
気がつくと、ミイラその二(やっぱり女だった)も会話に参加してきた。リーダー(死)と同じく、異様にらんらんとした目が印象的な人(?)だ。
「あ、店長、すみません」
ミイラその一(ぶっちゃけコッチのがやつれている)が大声で謝った。耳に優しくない声量だ。
「そちらは、飲食関係ですか?」
介護か迷っていたが「店長」ということは、どうやら飲食っぽい。ミイラその二(生前は店長)に訊ねると、明るく「そーそー」と言われた。
「やっぱ、分かっちゃう?そちらは、IT関係かしら?」
「そうです。良くわかりましたね」
「ココに入って来たときに、デバックがどうのこうの聞こえてきたのよ。勝手に聞いちゃって、ごめんなさいね」
ミイラその二あらため、店長(死人)は気さくだった。これが接客のできる者のコミュ力というものなんだろう。青春の思い出の大半がぼっちだった私にはない能力だ。
二匹の社畜にも梃子摺っていたのが、四匹に増えたためか、鬼どもも横槍を出さなくなった。色々、諦めたんだろう。
いつの間にかリーダー(私と同じでコミュ障)も社畜談義に加わって盛り上がっていると、大部屋の戸が結構な数になり、室内も人数が増えていた。不気味なのは、死人と生人が区別できないくらい顔色が悪いところだろう。私もヒトのこといえないけど。
「でも、不思議ですよね。店長さんと、そちらの彼だと、店長さんの方が生き生きしてますよね」
私がポロっとそんなことを言うと店長(死)が首を傾げる。思ってしまったが、この店長(享年X歳)は私よりも若いかもしれない。今の職場も相当だが、飲食業界も終わってるようだ。
「それは多分、肉体とか言うリミッターが解除されて、体力の限界が無くなったからだと思うわ。人間て半年眠らず、一週間飲食忘れただけで限界がきちゃうくらいには脆いモノだし。私、今なら二十四時間三百六十五日働けるわ」
「あー、確かに肉体ないの便利すぎてやばい。気力だけでやれるしなあ」
店長(多分過労死)に続いてリーダー(確実に過労死)がしみじみと語る。気力はあったのに肉体の限界を迎えたヒトたちが言うので説得力が半端ない。
期日がないだけでも凄いが、限界もないのも嬉しい。この地獄とかいうホワイト企業に就職したいかもしれない。
“あ、あ、マイクのテスト中”
ほのぼのと談笑していたところに、突然、放送がかかった。どうでも良いが、スピーカーなんてないのに、無駄に立体音響だった。血飛沫か何かで赤黒いことを除けば、いたって普通のビジネスビルのようなこの建物といい、地獄の科学技術レベルが気になるところだ。
“ええ、皆様、本日はお忙しい中、お集まりくださり、ありがとうございます”
誰が話しているのかと大部屋中を見渡すがソレっぽいヒトも鬼もいない。あれか、VIPは別室なのか。
“私が今回のシンポジウムを企画いたしました、司会兼主催者の地蔵菩薩です”
何か聞き覚えがあったので、封筒を見てみた。あれだ、子供に逃げられた地蔵菩薩なんだ。前代未聞とあったし、アレは地蔵菩薩にとって結構堪える事件だったっぽい。
ふと、私はリーダー(加害者?)を見やる。
「リーダーはコレ知ってますか?」
黒いプリントを渡す。口頭で説明するのが面倒だったのもあるが、これが一番確実に伝達できる。
リーダー(あ、やっぱ加害者なんですね)は目を細めて「懐かしいなぁ」なんぞとのたまっている。そして、店長(ブルータス……)にも「コレ覚えてるよな」なんて声をかけている。アレ?リーダー(死んでから生き生きしてる)のコミュ障ドコいった。
「ああ、アレね」
「はい?店長?どうかしたんですか?」
「どうもこうも、ないです」
忘却の彼方にいた鬼(赤と青どっちが話したのか不明)が恨みがましそうに言う。
“おのおのの視点で社畜を語れば、あの奇行を抑える光明が見えるはずです”
そういえば、放送中だった。あんまり聞いてないが、どうにかなるだろう。この手の前フリの話に重要なことなんて滅多に入っていない。
「リーダー、奇行とか言われてますよ?」
「うん?社会人(笑)の模範となるようなことしかしてないけど?」
「石塔って言ってるのに、サグラダ・ファミリア的な建造物を建て始めた辺りです」
鬼気迫る勢いで、赤鬼が言った。鬼だけに。
「それだけじゃないですよ。あんたら「こんな気の抜けた塔で供養になるか」とかなんとか言って、子供たちの積み上げた塔を破壊してましたよね?鬼じゃないのに」
負けず劣らずの勢いで、今度は青鬼が言う。少々涙目な辺り、リーダーや店長がトラウマになってそうだ。
「いや、だって、あんな子供だましな塔は社会(笑)で通用しないだろう」
「ここ、地獄なんで」
すかさず赤鬼が言う。そうか、地獄は社会(笑)よりぬるいらしい。
「そんなんじゃ、社会(笑)に出てから困るじゃないか」
「だから、そんな言動が原因だって言ってるんです。何で地獄より過酷な感じになってるんですか?救済のハズが「転生した場合に非道な社畜道に落とされる」とかなんとか子供たちに泣き付かれる始末ですよ。新しい地獄を勝手に生み出さないでください」
言う青鬼は子供たちに泣き付かれたらしい。
「あ、でもその場合、勝手に地獄を作ってるのって、社畜じゃなくて経営者(笑)じゃない?」
私が言うと、鬼どもがげんなりした顔を向けてくる。配色以外はわりと普通の子供なので、無駄にイラっとする。
「そうなんですが……」
青鬼が言いよどむ。
「あのヒトたち、死にそうにないんで、連れてこれないんですよね。当然、このシンポジウムに呼びたいんですけど」
赤鬼が嫌そうに続ける。うん、鬼にまで嫌悪される経営者様(笑)万歳。
「まあ、でも今回は社畜の奇行が問題なので」
青鬼は無理矢理結んだ。
“あちら、こちらで盛り上がっているようですが、何かありますか?”
その放送に辺りを見れば、みんなも私たちのように談話していた。これはシンポジウムではなく座談会と言うのではないだろうか。
「あれですよね。リーダーさん。賽の河原の子供たちに根性がないのがいけないんですよ」
リーダーの話に耳を傾けていたミイラその一ことミイラ男(生存)が頷く。洗脳された社畜の根性万能論をなめてはいけない。根性で何とかなってる社畜ばかりなので信仰レベルで信じているのだ。なお、根性でなんとかならなかった社畜は人生ログアウトで存在しないため、反論も存在しない。
「もうやだこの人間」
どちらともなく鬼が言う。
“ええ、テス、テス。福祉関係の者です。質問ですが、どの辺りが奇行なのでしょか?話を伺ったところ、おかしなことは何もしていないみたいですが?”
ここにきて漸く参加者が発言する。マイクを持ったヒトはいないが、床に向かって話しているヒト(下手したら未成年の男)がいるので、床になにか仕込んでいるんだろう。
それは良いが、どうにも地獄関係者の常識(笑)と社畜の常識(笑)との間に越えられない溝みたいなものが存在しているようだ。
“あ、こちら、アパレル関連です。私も思いました。嘘を言って脅している訳でもないですし、問題にすることはないと思います”
“そうですよ。あ、自分、飲食です。問題は子供たちの方です”
“そうそう、現実(笑)が見えてないよねぇ。あ、俺も飲食”
アパレルの女性と、飲食男どもが続ける。
“ですよね、子供に根性がないだけなんですよ。僕も飲食です”
あ、ミイラ男も参加した。床に向かって主張は面白そうだ。
“ええっと、ITです。社会人(笑)として良識(笑)ある範囲だと思います。子供の作った塔を壊した辺りは、やりすぎかもしれませんが、期限が迫っているわけでもないのにいいかげんなモノを作るほうも作るほうです。社会(笑)に出たら通用しません”
私も言ってみたが、小心者故に心臓がバクバク言っている。あれ?そう言えば、肉体あるんだ。
“あ、私は飲食よ。だよねぇ、問題は根性のない子供たちでしょう”
店長が余裕で言っている。これが、コミュ力の違いなんだろう。
“ええ、《社畜》の皆さんに反対意見はありませんか?”
子供に対する批難で盛り上がる中、主催者兼司会が言った。清く(笑)正しい(笑)社会人(笑)に反対意見があるはずがない。
“貴重な意見ありがとうございます”
淡々と言う辺りに誠意が見えない。
“皆さんの意見を参考に、社畜と子供たちは隔離することにしました”
どう参考にしたら、その結論になったんだ。そう思ったのは私だけではないらしく、みんな疑問符を浮かべている。
“どうやら、社畜の奇行は皆さんにとっては《普通》の行動であるらしいので、矯正は無理だという結論になりました。救いようがないので、社畜だけを一箇所に集めて、他に迷惑がかからないように別けさせてもらいます。幸い、賽の河原は広いですし”
「ありがとうございました」の声が遠く聞こえた。
はっと、目が覚めた。
思わず辺りを見渡すと、見慣れた六畳間の自宅だった。カーテンもない窓の外は暗い。
何時なのかと、頭の横に投げ捨てていたカバンを漁って、ケータイを出す。午前二時半と帰宅からそう時間も経っていない。
変な夢を見たものだ。
とりあえず化粧を落とすべく起き上がると、畳の上に黒い封筒が落ちた。うん、まだ寝ぼけているらしい。
私はそれをゴミ箱へ突っ込むと洗面所に向かった。