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20000人の日本人が異世界へ召喚されてから1週間ほど経過した。
結城砕の耳には未だに同郷の者が殺されたという話を聞かない。
一見朗報に思えるそれだが、単に結城砕がいる村に外からの情報が入ってきていないというオチである。
それはこの世界を生き抜くうえで幸いなことでもあり、致命的でもあった・・・。
「・・・。」
「お疲れ様です、サイ。」
結城砕はこの1週間の日課である修行・・・という名の狩りを行っていた。
とは言っても、成果は皆無。虫を殺したことはあれど、動物を殺したことがない平和な世界で育った結城砕には狩りはまだ早すぎた。
動物型はおろか虫型の魔物ですら、殺したことのない大きさが故、その命を狩ることは不可能だった。
そのため、修行と称してやっていることと言えば、草木を敵に見立てて剣を振り回すという小学生が行いそうなものと、簡単な魔法の練習のみであった。
これではだめだと思いつつ、先へ進めずに1週間村に留まっていたのだ。
リディアは『サイの気の済むまで居ていいですよ』と結城砕の滞在を許可していた。
「・・・今日はこれだけ採ってきたよ。」
「わぁ、ありがとうございます。」
結城砕が手にしていたのは木の実や山菜などの植物であった。
狩りを満足に行えないため、せめて何か役に立たなくてはと思い数日前から採ってくるようになったものである。
狩りと言いつつ植物ばかり持ってくる結城砕を見てリディアは失望するでもなく、純粋に食べるものを調達してくれることに感謝していた。
「いつもより量が多いですね。」
「ああ、頑張った。」
「じゃあ私も頑張らなきゃ、ですね。いつもより多く作りますよ。」
「期待してるよ。」
この1週間で彼らはとても仲が良くなっていた。
お互いのことを話しあい、結城砕は元の世界の話を、リディアは自身のことを。
そこで結城砕はリディアの親が数年前にこの村の付近で起こったシュヴァリエとソルシエールの戦いに巻き込まれ亡くなったことを聞いた。
そのため、村の人がリディアに色々優しくしてくれていたのだが、結城砕が来てから彼を警戒する村の人たちはリディアに近づけないでいた。
異世界から来た人間「転移者」のことは1週間前の謎の存在によって皆周知であった。
一部では「悪魔の遣い」や「滅びの使徒」と良くない名称で噂されている。
そしてその噂はこの村にも到来してきている。
その影響もあってか村の中で結城砕の評価は最悪であり、できることなら見つけ次第始末したいくらいであった。
そんな雰囲気を結城砕は感じていた。
幸運なことに、リディアの家は村の隅にあり、村全体から見ても少し外れた位置に存在していたため、昨日今日は村人に見つからずに「狩り」を行えていた。
だが、それも限界であった・・・。
夜も深く、動物たちも寝静まった頃、結城砕は家の外にいた。
決心をし、この夜に紛れてリディアのもとから姿を消すつもりだ。
準備を終え、歩き出す。
「こんな夜遅くに、どこに行くのですか?」
「!?」
結城砕は振り向く。
そこには、先ほど就寝した事を確認した筈のリディアがいた。
リディアは神妙な面持ちで結城砕を見つめる。
「・・・ちょっとした散歩だよ。」
「嘘です。」
必死で誤魔化そうとするが、すぐにリディアに否定される。
次の言い訳を考えようとするが、
「村の方々が原因ですか?」
確信を突かれてしまう。
「もしあの方々が気に障ったのなら私から言ってやめてもらいます。ですから、どうか行かないでください。・・・私を、置いて行かないでください。」
「・・・ごめん、それはできない。」
「どうしてですか!」
「村の人からの風当たりが強くなってきたのもあるけど、このままじゃ俺を殺しに転移者や誰かが来るかもしれない。そうなったらこの村が巻き込まれる。だから迷惑をかけないためにここを離れて別の場所へ行くんだ。」
「でしたら、私も一緒に連れて行ってください。」
「駄目だ。」
もしかすると言われるかもしれないと思っていたその言葉を耳にした途端、結城砕は反射的に拒否の言葉を返した。
「どうして」と言いたげに困惑した顔で結城砕を見つめるリディア。
彼もリディアを連れていくことは考えた。
だが、
「君は、優しすぎる。その優しさは絶対戦闘において命取りになる。」
「でしたら、サイも・・・」
「俺は『転移者』だ。君と違って戦わなければならない。リディア、わかってくれ。俺は、君にこんな血みどろに塗れる戦いに巻き込みたくない。」
結城砕のリディアを想う本音を聞き、とても悲しそうな顔をする。
やはり結城砕も優しすぎる人間であり、それがリディアにとっては残酷に思えるのだった。
できることなら、代わってあげたい、それができなくても一緒に戦ってあげたい。
しかし、それを彼に拒まれる。
リディアも結城砕を想う本音を口にしようとする。
「それは、サイのわがままですよ・・・。私の気持ちは考えてくれないんですか?」
「考えたさ。考えて、出した結論だよ。」
「・・・そうですか。」
が、諦めた。
結城砕を困らせるだけではないかと悩み、そして諦めた。
「すまない、リディア。そして、さようなら。」
再び歩き出す結城砕。
その顔には、リディアの気持ちを無下にし、申し訳ない思いにより涙が浮かんでいた。
その涙は、リディアに見せまいと先ほどまで我慢していたものであった。
リディアは歩き出す結城砕に気づき彼の名前を呼ぶ。
「サイ、お元気で。いつかまた、あなたがこの村に来ることを願っています。」
彼女も同様に泣いていた。
結城砕に別れを告げた後、可愛い顔がぐしゃぐしゃになるまで涙を流した。
「・・・ああ。必ずここに来るよ。」
一言彼は返し、リディアを村に残して森の中に消えた。
お互いに、お互いのことを想って泣いていたことを知らないまま。
結城砕は、リディアと別れてから昼間は森の街道を歩き続けた。
すぐにでも村から離れたい。
離れなければリディアが追ってくる気がしたからだ。
そして、村を出てから3日。
襲ってくる魔物を下級魔法で退散させながら、木の実を主食に歩き続けていた。
魔物を殺せば食料が手に入るが、冒頭で述べたように未だ殺しに抵抗を持つ結城砕は魔法を撃ち、逃げることしかできなかった。
威嚇程度だが、当たっても知らない・見ていないで、実際死亡した魔物も存在するかもしれないが、それを彼は事故だと己を正当化していた。
「今日も十分歩いたな。静かな場所だし、まだ少し早いが今日はここで寝るか。」
周りを軽く探索し、枝を集め始める。
ついでに食べられそうなものを探し、今晩の食糧とする。
「これだけ集まれば、十分かな。」
集めた木の枝と食料を手にし、野営すると決めた場所へ戻った。
戻る頃には日も傾き、辺りもうす暗くなっていた。
結城砕は急いで魔法を使い、木の枝を燃料として火を起こした。
そして、近くにあった手ごろな石を椅子とし、その場に座り込む。
「・・・リディアは今、どうしてるだろう。」
燃える火を見ながら、結城砕はそんなことを呟く。
彼はこの三日間、彼女を村に置いてきたことが本当に正解だったのかと疑問に思う時が幾度かあった。
その度に「彼女は優しすぎるから足手まといになる」と言い聞かせ、自身を正当化していた。
しかし、そんなことだけが理由になるわけがないと結城砕も薄々は気付いていた。
優しいだけでは、一緒に同行してはいけないという理由にはならない。
優しいからこそ、戦闘において結城砕を守ろうと全力で動くことができる可能性がある。
しかし、旅の中では仲が良い故に、一緒に行動する中で平和ボケしてしまい、万が一の時に気が締まらない可能性などもあり、旅の同行者というのは一長一短である。
人は多いに越したことはないので、当然仲間がいたほうがメリットは大きいのだが。
「・・・決めた。」
結城砕は悩んだ末、決断する。
(今からでも遅くない。村に戻って、リディアを連れ出そう。)
そう考えたことを「遅かった」と後悔したのはここから一日近く経過した後のことだった。
朝、結城砕は起床とともに早速リディアの下へと向かい始める。
行にして約60行と、書籍にして一ページも保っていないくらいの短い決別だった。
こんなことをするのであれば、はじめのうちからリディアと行動を供にすればよかったものを・・・。
歩きはじめる結城砕の耳に遠くから何かが駆けてくる音と人の歓声のようなものが聞こえてくる。
何事かと思い、振り返ると、遠くから土煙が真っ直ぐこちらに向かって迫ってきていた。
「なんだあれ!?」
驚愕の声をあげながら急いで草陰に身をひそめる。
結城砕の直感が、そのままでいたら命の危機だと感じ取った。
時間など些細なものであり、リディアに会いに行くのは土煙が通り過ぎてからでも遅くはないはずだ、と。
だが、結城砕は重要なことを失念・・・いや、考えようとしなかったのだ。
その土煙が向かう方向を