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「なんだよ・・。どういうことなんだよ・・・。」
結城砕は唐突に告げられ始められた殺し合いに理解が追いついていなかった。
いや、理解はできているのだが頭がそれを拒否していたのだ。
それは結城砕だけではない。
「サ、サイ、落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられるかよ!」
結城砕は意味もなくリディア・ミラスタに当たってしまう。
困惑するのも無理もないのだがこの愚か者はよりにもよってその行き場のない怒りを向けるべきではない相手に向けていた。
それに結城砕も気づいたみたいでリディアを怒鳴った後にハッとして
「・・・ごめん。」
しかし謝るのが遅い。
というよりも謝る前の行動が間違っていたのだが、リディアはすっかりまた結城砕に怯えてしまった。
二人の間に沈黙が続いた。
その間に結城砕は今自分がおかれている状況の把握と整理、今後自分がどうすれば良いかということを考えていた。
「・・・サイ、貴方はこれからどうするのですか?」
そこからまたしばらくの沈黙の後、結城砕はリディアから自分が今考えていることを聞かれた。
彼はそのことについて今自分の考えていることを述べる。
「わからない。けど俺はここから出て行かなきゃならないことは確かだ。お別れだ、リディア。色々ことを教えてくれてありがとうな。」
結城砕が出ていこうとする。
しかし、リディアがそれを引き止める。
「待ってください!こんな出会いも何かの縁です。何か私に力になれることなどはありませんか?」
結城砕はそのリディアの言葉に驚愕した。
彼女はもっとおとなしい子であり実際そうなのだろうが、そのためにその行動が予想外だったのだ。
結城砕を見るその碧い瞳には先ほどまでの恐怖の色はなく、むしろ別のものを感じさせた。
何か企みがあるということではなかったが、感じさせた別のものが何か人生経験、特に異性との付き合いの乏しい結城砕にはわからなかった。
「何で俺にそんなことを言う?俺と君はさっき会ったばかりだろ?ほとんど他人だ。肩入れする必要なんてないよ。」
「それでも、この世界についてあなたは右も左もわからないはずです。それに、ここから出てもすぐに野盗やモンスターなどに襲われてしまいます。そんなことをわかっていて見殺しにすることなんてできません!」
真剣な表情のリディアに結城砕は先ほど感じたものが分かった気がした。
この自分より年下に見える少女は超が付くほどの御人好しのようだ。
結城砕自身も特に行く当てもなかったし、得られる情報や知識は多い方が良いという判断からリディアの言葉に甘えさせてもらうことにした。
しかし、リディアの家に住むようになっても別段リディアが強くて戦闘を教えてもらえるということはなかった。
だがここは魔法の国「ソルシエール」、その名にふさわしく教養がなくただの一村人にすぎないリディアでも魔法は使えるのである。
結城砕はリディアに魔法を教えてもらう際、初めに彼女の使用できる魔法を見せてもらうことにした。
彼女の魔法を一通り見た結城砕の感想は
「意外にショボいんだな。魔法って言ったらもっと派手なものかと思った。特に火の魔法。もっと豪快かと思ったけど小さい火をチョロっと出すだけなのか。」
「あ、あまり無茶言わないでください!これ以上強くすると家の物が壊れます。それに私にはそこまで難しい魔法はできないです。」
そう、場所は先程までいたリディアの家の居間で変わらず、彼女は魔法の威力を見せるというよりどういうものがあるのかというのを見せるために発動したため、出力を最大限抑えていたのだ。
結城砕は「大げさな」という顔をしており、期待していたもの以下の魔法しか見られず少しがっかりしていた。
「魔法は基本的にイメージです。手の先に魔力を集める感じで、そこから発動したい属性をイメージすると・・ほら、できました。」
と言いながらリディアはまた両手を前にかざして手と手の間に小さな水泡を作り出していた。
「そういえば魔法の属性っていうのは見せてもらった限り地水火風の4属性だけなのか?光や闇、氷や雷とかは?」
「私の知る限りそのような属性は聞いたことないですね。でも属性を組み合わせて発動することなどもできるので擬似的には作り出せるかもしれないです。」
「そうか・・・。氷や雷はまだしも光と闇すらないとは・・・。」
「ええっと、なんかすみません。」
「いや、リディアが謝ることはないよ。ただゲームで好きな魔法が大体光や闇系の魔法だったからさ。」
「は、はあ・・・。」
リディアに意味不明という顔をされる。
この世界にゲームなどない。意味は通じないのも当然である。
だがそれに気づかず結城砕は話を続ける。
「あと、さっき見せてもらったのは攻撃魔法ばっかりだったけど魔法は攻撃系ばかりなのか?」
「いえ、魔法は魔法でも『法術』と呼ばれる癒しの魔法がありますよ。ですが法術は簡単なものもある魔法と違い簡単な物でも中級の魔法の中でも上位レベルの難しさがあるとされているので私は使えないんです。」
なるほど、と結城砕は心の中で納得する。
物を傷つけることはとても簡単だが修復することは難しい・・・人間関係など色々なことに言えることなのでそれを思い出し納得したのだ。
そりゃあまあ簡単に人の傷が治せるなんて神の力に近いのではないだろうか、と結城砕はその後思った。
「それじゃあリディアの魔法は全部下級の魔法?」
リディアは頷いた。
「下級も下級の最低レベルです。私のなんて魔法発動の基本の魔力に属性を加えただけのものですから。上のレベルの魔法になると詠唱というものが必要になるんですよ。」
「難しいのか?」
「いえ、下級魔術ならちょっと勉強すれば誰でもすぐに修得できます。実際、この村にも何人か使うことができる人はいますよ。ただ、私はそれを理解する学が無いので・・・。」
「でも俺はそれすらできないからな。十分リディアは凄いってことだ。」
「そ・・・そんなことない、です。サイも教えたらすぐできると思いますし。」
そう言われ結城砕はうーんと唸る。
彼が元いた世界「地球」では魔力という概念が無く、それを信じるような人は「厨二病」と言われ、可哀想な人を見るような目で見られていた。
魔力の概念が無いため、その世界に住んでいた自分が使用できるのかと疑問に思っていた。
試しにリディアが行った動作を思い出し、手を開き、そこに気を集中させる。
すると、淡く光る小さな球が掌の上に浮かび上がった。
「すごいです、サイ!まだ細かい説明をしなくても魔力の塊を出せるなんて!普通なら半月はかかるものなんですよ!?」
「い、いや、俺なんてまだまだだ。リディアみたいに属性のつけ方がわからなくてこんな魔力の塊だけしか出せないんだから。」
「いえ、それは簡単なことです。先ほども言った通り魔法はイメージなんです。その魔力の塊を維持しながら、変化させたい属性をイメージしてみてください。」
結城砕はそう言われて試しに水をイメージする。
その際に、ただの水では床に零れてしまうのではないかと思い、玉のようなものをイメージした。
そうすると、
「おお。」
手の上にはイメージ通りの水でできた玉が浮かんでいた。
「なるほど。想像で魔法が発動するっていうのは、こういうことなのか。これなら、細かいところまでイメージすればもっと強力な魔法ができるんじゃ・・・?」
「半分正解です。確かに強力な魔法を使うためにはより細かなイメージを行う必要があるのですが、それだけでは発動した際に形がうまく保てないのです。そのため、詠唱による言霊によって形成したイメージをさらに強固なものにしなければならないみたいです。」
「・・・やけに詳しいな。いや、教えてもらえるんだからいいんだけどさ。けど、そこまで理論を知ってるなら最下級だけじゃなくてもっと上の魔法も使えるんじゃないのか?」
結城砕は掌にある水の玉を握りつぶしながら言った。
潰された水の玉は形を保てなくなり、ただの水となって床にすべて落ちた。
リディアはそれを気にせず結城砕の質問に答える。
「私は、魔法の理論は教えてもらいましたけど、それぞれの現象については教えてもらえてないんです。現象が起こる理由を理解していないと明確にイメージをできないため下級の初歩的なものまでしか使えなくて・・・。」
「それで、水や火を出すまでしかできない、と。」
「・・・はい。ですけど、現象について理解しているなら一気に中級相当の魔法が使えると思います。異世界から来たサイなら、現象について学んでいるのではないですか?」
リディアは力なく答えたかと思えば慌てて訂正し、最後には目を輝かせて異世界人である結城砕に尋ねていた。
結城砕は期待外れだと言わんばかりのトーンで答える。
「俺も知ってるのは火が燃えるためには空気が必要とか、酸素と水素で水ができてるとか、その程度の知識しか・・・。」
「・・・(ほー)」
「っ・・・!?」
リディアは「そうなんだ」と言いたげな顔で結城砕を見ていた。
彼女からのこの世界のことを聞いた限り、よくあるファンタジー小説と同様、知識レベルが中世やそれ以前の欧米と同等のものとなっている。
それをわかっていたが、結城には常識のことではあり、自分と同年代であるその少女の知識の無さに反射的に驚いてしまったのだ。
「・・・?どうしたのですか?」
「いや、何でもない。とりあえず、俺も現象の細かい理屈というか理論の段階まではわからないんだ。」
「それで充分なんですよ。それだけで中級相当の魔法は使えると思います。現象はあくまでおまけ、一番重要なのは先ほども言ったイメージなのだと教わりました。」
「結局それかよ・・・。」
結城砕は呆れてはいたが、魔法の可能性を十分に感じていた。
想像するだけで望んだ現象を発動できるという、夢のような力を持っていることに。
こちらの世界におけるものづくりに関しても、初めは各人の妄想・理想に過ぎなかった。
しかし、その妄想が発想となり、世界を大きく変えるものとなる。
想像とは、何かを創造するための大きな礎であり、その可能性は無限大である。
「確かに極めれば万能なものになってしまうので、頼りきりになってしまって困りものですね。・・・それを悪用する人もいるので、いいことばかりというわけにもいかないですし。」
「・・・使い方次第ってことだよな、どんなものでも。というか、俺みたいな異世界人に教えてよかったのか?俺だって悪用するかもしれないんだぞ。」
「あっ・・、考えてませんでした・・・。」
「おい・・・。」
「でもでもっ、サイはそんなことするような人に思えなかったからだと思います。私に迷惑をかけまいとすぐに立ち去ろうとする優しい方が、悪用するために、それにろくに魔法を使えない私なんかに教わらないと思ったのです。」
「優しい」と言われ、妙に照れくさくなる結城砕。
反面、彼女のお人好しさに半ば呆れてもいた。
警戒心が無さすぎる。
見ず知らずの人間にそこまで警戒を解けるなど、戦闘が頻繁に行われるこの世界においてあまりにも無謀に思えた。
・・・だがそうであったからこそ、結城砕はこの世界に来た19999人の地球人が今知らない情報をいち早く知ることができたのだ。
そこは感謝しなければならない、と結城砕は思う。
「そう思ってくれて感謝するよリディア。お礼に、何か手伝えないか?それを済ませてから、俺はここを出るよ。」
そして、彼は彼女についてもっと知りたいと思うようになり、こうしてこの村にしばらく居座ることを決めたのである。