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長閑な日常

 小さなカフェの日常は、基本的には穏やかだ。


「コンフリー、ケーキひとつ終わりそうです」

「他は?」

「当分は切れないと思いますけど……」

「今日はそんなに忙しくないから平気だと思うけどな」

 現に今も店の中ががらりとしているところだ。客足というのは何故だか同調するもので、途絶える時には途絶えるし、重なる時には目の回るような忙しさを連れてくる。

 これならぽつぽつ途切れずに来てくれた方がどんなに楽か、とは店が望めるものではないので仕方がない。

 営業用の表情が少し緩め、スイランが厨房を覗き込んで尋ねた。

「ところでコンフリー、明日はまた出かけるんですか?」

「あー……、そうだな、また半日くらい出るかもな。天気も悪くなさそうだし」

「お留守番してましょうか」

「してくれるならまた勝手に入っていいぞ。そうでなければ鍵かけて行くだけだし」

 じゃあそうします、と頷いたスイランの明日の予定が出来上がった。定休日となるマトリカリアの留守番だ。店主のコンフリーは休業日には郊外まで足を伸ばしていることが多い。

 治安もそれなりのこの首都なので、留守番とはそれほど重要度は高くない。が、スイランが率先して役目を引き受けたがることはままあった。

 客商売をしているためか、休みを一人で過ごす傾向があるのは二人ともだ。外に向かうか内に籠もるかに性格の違いが現れているし、スイランが休業中の店舗へわざわざ足を運ぶことは時折物好き呼ばわりされている。

 空気の全く違う店内で静かに過ごすのが好きなのだ、とはスイランの主張だ。あまり頻繁にからかうとへそを曲げるので、コンフリーは言葉を胸の内だけに留めることにした。

 スイランがついと店の方へ目を遣ると、それほど大きくない通りに面している窓の向こうを、早足の人影がいくつか通り過ぎた。のんびりと生活している人々とは一線を画した雰囲気、ある意味では分かりやすい。

「……政府軍の方々、ですね。また何かあったんでしょうか」

 とはいえ、人の集まる首都においては何も起こらない日の方がきっとあり得ないことだが。行き交う様々な噂話に踊らされない努力も、実はなかなかに大変だ。

「外交は平和に見えるけどな。反抗勢力か何かが地方で小競り合いを起こしたんだったか? 微妙な時期だし警戒してるんだろうな、きっと」

「……いつも思いますけど、いつの間にそんな情報を仕入れているんです? 政府軍にお友達でもいたんですか?」

「まあ、色々と」

 返ってきたのはざっくり煙に巻いた言葉だったが、追及することは慎んだ。情報が遅いのは単にスイラン自身の不勉強もあるはずだ、と理由もつけて。

「ああして首都や国を守る任務に就いていること、頭が上がりませんね。私たちにはできないことです」

「お前ならやってやれないこともないと思うけどな。……いいんだぞ、選びたくなったら、そっちを選んでも」

 絶えず細々とした作業をしながら話が続く。最後の言葉の時だけ、コンフリーが何気なさを装いながら慎重に言葉を選んだことが知れてしまう。

 この距離で、二人の付き合いで、全て誤魔化し切れると思う方が無謀だった。

 装い切れていないとスイランが気づくことにも気づくだろう。だからスイランは、敢えて話を濁すことをしなかった。

「考えたことがない訳じゃないですけれど、ね。でも今はこちらに居ることが私の一番です。あちらに行きたいと思う時が来たら、ちゃんと考えて選びます」

 戦うことで誰かの役に立つ、その凛とした姿勢にはいつだって感服するばかりだ。そして、自分もそんな風にして生きていけたら、それはどれほどやり甲斐のある生き様だろう。

 けれど、そちらの道を選んだら決して手に入らないものも確かにある。例えばこうして、小さなカフェで小さな笑顔をつくること。

 何でもは手に入らない人生なら。

 欲しいと思ったのは、崇高な大義でも、名誉でも、財産でもなく、欲しいと思うものに寄り添えることだった。

 だから今は、これでいい。

「コンフリーこそどうなんです? 体力や上背ならあるじゃないですか、一回くらい考えなかったんですか?」

「それはからかう目的で言ってるな。よし分かった、次の試作は噛ませないからそのつもりで居ろよ」

「えっ、酷いですそんなの盾にするなんて!」

「お前の方が十分酷いわ、それを俺に言う辺りが特にな!」

「……自分で言うのは平気なんですか?」

 それを最後にぷいとあらぬ方を向いてしまった態度は肯定の意味だ。戦うために武器を取るという面において、才能という言葉だけで全てを片づけることはあまりしたくないが、コンフリーにはその一点がまず決定的に欠落している。

 ようだ、としか言えないのは直接腕を試し合う機会に恵まれなかったためだ。スイランがそれなりに技術を覚える頃には、既にコンフリーの方が剣を握ることをやめていた。

 反応を見るに、それが傷口ではないにせよ全く気にしていない訳ではないらしかった。

 ああこれはちょっと悪いことをしたかもしれません、と少し良心が呵責を覚える。あくまで少し。

 からん、と軽い音がして扉が開いた気配に「いらっしゃいませ」と綺麗に二つ重なった声は、それぞれ満面の笑みを浮かべていた。


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