王国への挑戦者
深夜の動物園、今そこには二人の美女の肉食バトルが起ころうとしていた。
「あんたの王国は今日でお終いよ、多村ゆかり!」
「あら、私にはむかう気? 面白い、どれほど強くなったか見せてくれるかしら、戸松ハルカ」
瞬時にゆかりが殺気を帯びると、ハルカはとっさに飛び跳ね、間合いを取った。そしてゆかりに負けじと殺気を解き放つ。
二人が互いに間合いを取りながら睨み付け合う。
「いいかげん、その自称17歳はやめなさいよ。私より年上のクセに」
赤く染まったショートヘアなびかせハルカはその鍛えられたスレンダーな肢体で身構える。
「ごたくはいいわ、小娘、さっさとかかってきなさい。場所がここでよかったわ。ゴリラの餌にしてあげるわ。色んな意味で」
青いロングヘア揺らしながらゆりは腕組みをしながら余裕たっぷりに待ち構えている。
小柄なゆかりに対してシウランは構えを取り、相手のスキをうかがうが……。
(スキだらけじゃない、あの女。舐めやがって)
だがハルカはゆかりが丸腰であることにきな臭さを感じた。今、間合いに入るのは危険だ、そう直感したのだ。
(奴の注意をそらす必要があるわね。)
なかなかかかって来ないハルカに待ちくたびれるゆかりは欠伸をかく。
(余裕ぶっこいてんのも今のうちよ。こいつには先手必勝)
ハルカは隠し持っていたナイフを5本、ゆかりに向かって投げつけた。
ゆかりはいとも簡単にナイフを払いのける。
しかしハルカはナイフを投げたと同時にゆかりに向かって突進してきた。
間合いに入った途端、ゆかりがノーモーションで後ろ回り蹴りを繰り出す。
(相変わらずもの凄い速い蹴りね、けど)
ハルカはゆかりの足技から上体を反らして避けた。そのままバック転をし、再びゆかり
の間合いから離れる。
(そうだ、奴にはこの足技で前にやられたんだ、伝家の宝刀、超高速の回し蹴り。奴の間合いに入ればこれを食らう。同じことすれば二の舞を踏むだけ。だが前にやられたあたしじゃないことを証明してやるわ)
ゆかりの間合いギリギリのところでゆっくりと円を描くように歩き出す。
「今度はどんな曲芸を見せてくれるのかしら?」
依然としてゆかりは腕組みして余裕の笑みを浮かべた。
ハルカの作った円の歩みは次第に走り足になり、スピードをどんどん上げていく。
ハルカによって高速に描かれた円はゆかりを中心にいつの間に竜巻のようになっていった。
地面の砂や小石も舞い上がっていく。ここが動物園の砂場であることを利用したのだ。
「どう! この砂嵐じゃ何も見えないだろ!」
ゆかりの回りが砂嵐に包まれる。
するとゆかりは腕組みを止め、瞳を閉じて静止する。
ゆかりは耳を澄ませる。
ハルカの足音に。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ、ジャリ
「そこだっ!」
ゆかりは目をかっと開いて、瞬時に嵐の中へ蹴りを繰り出す。
砂嵐の中にあるハルカの影をゆかりの足が貫いた。
「ち……」
手ごたえは無かった。
「残像だよ」
瞬間、ハルカはゆかりの背後をとらえ、頭部へ後ろ回し蹴り放つ。
(自分の技でくたばりなさい)
「いい蹴りね」
「なっ!」
完璧な奇襲攻撃だった後ろ回し蹴りをゆかりは右手でガードしていた。一瞬驚愕するもハルカは気を取り直し、
(まだよ、リーチ差の無い接近戦なら奴の自慢の蹴りも発揮できないわ。この間合いならあたしが有利よ)
距離をつめて足技を封じる。
「ふっ、スピード勝負なら負けないわ」
ハルカがそう言い放つと、矢の嵐のような正拳突きの連打をゆかりの顔面に目がけてあ
びせる。
しかしゆかりは紙一重で拳の連打の一つ一つをかわす。
「無駄よ、もうあなたの動きは慣れた」
ハルカはそれでも構わず突きを止めない。
(ハッタリだ、確かに避けてはいるが反撃してこない。いやできないんだ)
ゆかりが上段突きの回避に集中している間に、
「何度も無駄な攻撃を、フグッ!」
ハルカがゆかりの水月に膝蹴りを食らわした。
「あたしはあんたと違ってゼロ距離でも蹴りが出来るのよ!」
みぞおちに入った膝から、ハルカに手応えが伝わる。
(あたしよりも体重のあるゆかりが今軽くなった。こいつは決まったわ)
ゆかりが思わず前のめりにうずくまりかける。
ハルカはその瞬間をも逃さず、少年の首にめがけて手刀を放つ。
「これでとどめよ」
「ふふ、攻撃する時に声を出してどうするの」
と言いながらゆかりは、ハルカが手刀を打ち出した手首を左手でとらえた。
ハルカは手を奪われたまま背負われるように投げられ、地面に叩きつけられる。
一瞬のことだった。
ハルカは何が起きたのか理解できない。
「んっ、もう終わり?」
ゆかりは不敵な笑みを浮かべる。ハルカは気を取り直し、
(後頭部と背中を強く叩かれたぐらい、そこまでダメージはない……)
「まだ、まだよ!」
「そうよね、全力で抵抗して。もっと私を楽しませてちょうだい」
ハルカは必死に立ち上がろうと、四つん這いの姿勢になった。
するとゆかりは立とうとするハルカを後ろから絡みつき、無理矢理仰向けに倒される。
ハルカが身体を起こそうとするにも、両脚をゆかりが足で制し、首を細い腕で固められ
てしまっている。
「むっ、なかなか入らないわね。ほらほら、頑張りなさい」
「ふざけた技を! 放しなさい!」
ハルカがそう叫ぶと、さらに首の締め付けが強くなる。
「うぅ……」
「簡単に挑発に乗るなんて。馬鹿ね。しゃべると首がひらいて腕が入るわよ。アハハハハ
ハハハハハ!」
(クソ……)
「なに?もうあきらめるの?ここで楽に気を失ったりでもしたら、服を剥ぎ取ってあんた
の全裸にしてゴリラの檻に放りこむわよ。アハハハハハハハハハハハハハハ!」
(なんて陰湿なこと考えるクズなの……)
ハルカ必死に抵抗する。しかし抵抗もむなしくゆかりの高笑いとともに技はじわじわと極まり始めている。
(これがゆかり王国の姫の強さなの……)
ハルカはゆかりの下品な甲高い笑い声とともに意識を失う。
「フフ、最近人気が出てきたからって、調子に乗ったらこうなるのよ。私の王国は不滅よ」
こうしてゆかりの牙城を屠ろうとした者がまた終えた。