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奄美のリアル事件簿 『ヴィジョン(1)』

 本当に悪い奴というのは犯罪という形をとらずに犯罪をするものだ。ヴィジョンというものがなく、自分が悪事をしているという感覚を、暗示をかけるように自己にいいわけし、ねじまげ、正当化できてしまう稀有な能力がある人だ。計画犯よりも始末に悪い。

.

 子供のころから画塾に通っていたこともあり、イラスト関係の職種に就こうかと、都内にマンションを構える会社を訪ねてみた。月給は九万円。これではやっていけない。同業者も似たり寄ったりだ。仕方なく求人雑誌をみていたところ、遺跡調査会社アークの募集があったので応募した。本社が首都圏で、営業所が北陸と北関東にあると書いてある。北関東なら実家に近くてよいではないか。バブル時代末期のことだ。

 面接日の前日、会社は市内にホテルをとってくれた。私・奄美のほかに面接にきたのは二人いた。一人は、奇遇というのか、学生時代の同期の辺見太陽だった。もう一人は茨城大学中退という男・花田明だった。

 私の部屋に二人が訪ねてきたので三人で飲んだ。

 辺見は、話をすると、いちいち否定してくる。そのくせ、自説のつじつまが合わなくなると、言い訳だらけになって、やたらと疲れるのだ。どうもこの男との波長は合わない。

 花田は奇妙なコンプレックスをもっていた。

「僕の田舎は方言を話していないとキザだとかいわれるですよ」

 茨城弁というのは、実家福島県の訛によく似ている。これに栃木が加わって一つの方言文化圏をつくっているようだ。まあ、どうでもいいことだ。

 話題が、天下人の話になる。

 私が、「英雄たちは、信念というか明確なヴィジョンというか、設計図のようなものを持っていて、それに従って行動した。だから歴史に名を残すような事業がなせたんだろう」と話をふる。

 すると花田は、「いやあ、目の前にぶら下がっていた出来事に対処していった結果、大きくなった。英雄ってそんなもんじゃないですか」と答えた。

 この件については、息の合わない辺見と珍しく意見があった。

「アクシデントはあるだろうけれども、大事をなす人はヴィジョンというものを持っている」

 英雄についての話はそこで終わった。

 宴がお開きになろうとしたとき、花田がいった。

「社長は四十代でしたね。一体、あの若さでどうやって会社が持てたか謎です」 

 翌日、企画部長が車で迎えにやってきた。

 ロビーには辺見と私。しかし花田はいつまで経っても来ない。ロビーの係員に訊ねると、「明け方にチェック・アウトなされましたよ」と答えた。部長は実家に電話を入れ、辞めた理由を訊いたのだが、家にも戻っていない。それで不採用の旨を伝えたわけだ。気が変わったのなら変わったで、話を訊いてから辞退すればいいではないか。そういうふうに、花田は一生行き当たりばったりをやるのだろうかと思った。

 会社は羽振りが良かった。高速道路やゴルフ場での遺跡調査をするわけだが、ベンチャービジネスというやつで、当時はほとんどライバルがいない。年商十六億の売り上げがあったのだ。ところがだ。

「いまは景気がいい。だが不景気は必ず来る。それに備えておく必要があるから、給料は押さえておく必要があるんだ」社長はそういっていたようだ。

 五、六年して花田が会社を辞めた。旅行が好きで小金が貯まったから、「俺は旅人になりたい」とか言って。

 バブルが終わって、失われた四半世紀のうちの出だしは、それほど会社は傾いていなかったのだが、さすがに十年近く経ったら綻びて潰れた。不景気で土木施工が減った建設業者や測量会社が、研究者やら史学科学生を雇って、業界に参入して来たからだ。ライバルたちの資金は潤沢で、個人経営のアーク社など、ひとたまりもない。いままで随契でとれた仕事が、入札制となり、対抗手段はダンピングになった。そうやって、じわじわ押し潰されたというわけだ。

 アーク社が傾いて行くのが目に見える。もともと虚言癖のあった社長は何を言っているのか判らないほど脈絡のないひどい嘘ばかりついていた。債権者の中には自殺者までいたとの話だったし、給与の遅配が頻繁で末期は三か月近くに及んだ。経営者がヴィジョンを示せない以上、私は独自に足場を確保しておく必要を感じた。関連資格をとっておいた。体調を崩したこともあり、会社に辞表を出す。それから一か月後に破産した。

 茨城の花田が関心をもった社長については、世界史に出てくる傾国の君主に通ずるものがある。狂瀾は、「酒池肉林」を具現したかのようであり、興味深いところがあるので後述することにしたい。

     了

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