奄美のリアル事件簿 『賊は犯行現場に糞をする』
破産した発掘会社アーク(仮称)に在籍していたころの話だ。群馬県に長期滞在することになった。そこの先輩に言わせると、「前橋市は、どちらかといえば落ち着いた文化都市というべきところだから、住むなら高崎よりは前橋の方がいい」と助言を戴いたことがある。
実際、商都高崎市に比べると住民のモラルは高い。市街地で調査をしていても、道路から遺跡はまるみえなのだが、遺物を盗まれた経験がない。ただ、事務所荒らしは一回受けたことがある。
今でこそ、プレハブ仮設事務所には、セキュリティーシステムを導入しているか、あるいは貴重品を置かないようにしているのがふつうだ。二〇〇〇年以前は、いれているところは少なかった。そのため当時は現場事務所荒らしが横行していたのである。
かくいう私が担当した交差点遺跡(仮称)の事務所にも賊が入った。
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賊は、サッシ式になったプレハブ事務所の扉をこじ開け、中へ侵入。鍵をかけ机の中にあった事務経費ほか現金5万円を盗んだ。
年配の私服警官・江頭さんが、若い刑事四人を引き連れて捜査に当たった。事務員さんともども、指紋をとられる。押捺用の黒墨で、それをフィルムのようなところに付ける。そうすることで、犯人とそれ以外の人間の指紋をふるいにかけるというわけだ。
「遺跡発掘をなさっている? そっちのほうでなくなったものは?」
「幸い、ないですね」
私は遺物箱を刑事の皆さんにみせた。パン屋が使うのと同じ箱だ。そこに遺跡からでてきた遺物を保管していたのだ。事務所荒らしは現金もしくは金目の事務機器に興味を示すのだが、骨董的な価値をもつ遺跡の遺物には興味を示さないという特徴がある。
完形の遺物を江頭刑事に手渡す。
「七世紀の須惠器坩です。須惠器は釉薬をかけない陶器のようなもので、坩というのは小型の壺です」
「売ればいくらくらいに?」
見学者がよくいう台詞だ。骨董屋の相場など知ったことではない。そのあたりはリップサービスで適当に、
「百万前後というところでしょうか……」
おおおっ。
捜査にあたった刑事の皆さんが歓声を挙げる。
事件に関係ないところで、私や作業員さんまで一緒になって、なにを盛り上がっているというのだ。
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味をしめたのか、賊はその後、二回、事務所に侵入した。江頭刑事とはもうすっかり顔なじみだ。
「このあたりは浮浪者がうろついてましてね。彼らの犯行である可能性が高いのですよ。貴重品は事務所におかないことですよ」
私はいつも標的にされる机の横に目をやった。ふわりと拡げられたハンカチが、床に落ちていた。出勤した作業員さんたちのものかどうか、皆さんに確認したところ、誰の者でもないということが判った。ということは、犯人のものに違いない。
「ああ、指紋を残さないように使ったのでしょう」
布だから、指紋が残りづらいのだろう。それで現場に置いて行ったのだろうか。
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後日考えてみると、犯人が浮浪者として、容疑者がいないわけでもなかった。遺跡調査が始まったばかりのころ、調査範囲を囲ったフェンスの向こうから、こちらに声をかけてきた還暦過ぎくらいの男がいて、「遺跡作業員としての経験があるから雇ってくれないか」
と申し出てきた。住所と電話番号を書き残して行った。加藤氏としておこう。
翌日会社に連絡して許可をとり、同日の夜に、調査に参加してほしい旨の電話を、加藤氏の家にしたところ、娘さんにあたる方が応対した。
〈ええ、父ですが、いまいませんよ〉
〈どちらへ?〉
〈さあ〉
ガチャン。
……というわけだ。恐らくは、加藤氏はご家族に疎まれるような素行不良な人なのだろう。そのままホームレスになった。事務所内部の様子を知っている。犯人の可能性が高くはないか?
事件は結局迷宮入りになった。会社からはやたらと反省文めいた書類を書かされた上に、全額自腹で弁償させられた。時間の無駄だから被害届けなんか出さねばよかったと思った。(ぶつぶつ)
さて、例のハンカチの件だ。
落とし忘れたというよりは、わざと置いていった感じがする。というのは、会社の先輩・増田氏にその話をしたとき、興味深い体験談をしたからだ。
「そりゃあ、犯行後の儀式のようなもんだ」
「儀式? 勝利宣言ですか?」
「魔除けだね」
「?」
「俺の関わった事務所では、仮設事務所前で、ウンコをした奴がいた」
ウンよく、警察から逃げきれますように……って? なるほど。
おあとがよろしいようで。
了




