奄美のリアル事件簿 『石器・闇オークション』
私は過去二回、担当ではないところのお手伝いで、旧石器時代の遺跡に関わったことがある。先のエピソードにもだしたように、二〇〇〇年ごろ、世を騒がせた石器ねつ造事件というのがあった。
旧石器時代が嘘の遺跡をみつけるゴッドハンド氏により、どんどん遡ってゆき、ついには100万年前から日本列島に人間がいたということになった。やがて、石器の形態が新し過ぎる。おかしいぞ」という少数派研究者の内部告発を耳にした報道陣が、隠しカメラを設置して、ゴッドハンド氏が埋めているところを撮影。表沙汰になった。
旧石器時代の遺跡というのは、一人の調査員が一生に数度あたる確率の超レアな遺跡で、常識的に考えたなら、誰しも首を傾げることだ。しかし大半の人がゴットハンド氏の実績を鵜呑みにしてしまったのは、当時、考古学の世界は紳士の領域で、イカサマは誰もやらないという認識が支配的だったからに他ならない。
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話変って、遺跡調査員というのは「流れ」の感がある。会社に合わないとか、潰れたとかいうと、すぐさま同業に拾われている。公務員から民間に移る者もいるが、逆に(少数ではあるのだが)民間から公務員になる者もいる。前に勤めていた遺跡発掘会社アーク(仮称)では同僚に両者のケースがいた。
会社が自己破産する間際のことだ。調査員の資格をもった職員が続々と辞め始めたものだから、あちこちから、人をかき集め始めた。多少、スネに傷があっても気にしない。接点は少なかったのだが、志賀(仮称)さんもその一人だ。関東のどこぞの財団の課長さんだったそうだ。有名国立大学を卒業して、順調に職務をこなして、同課長職に就いた。
それがだ。ある日突然、部下がみつけたブレード型旧石器をネットオークションにかけたというのだ。ブレード型旧石器というのは、文字通り短刀のような形をしている。二万年くらい昔のレアな遺物で、売れば十万円くらいするのだろう。志賀さんは、なんと、それをネットオークションにかけて売ってしまったというのだ。魔がさすとはまさにこういうことに違いない。十万円の横領の罪で、その後に彼が受け取る給与・退職金・年金を合わせれば一、二億にはなろう。棒に振ってまでするというのは尋常ならざることだ。
事態はすぐ明るみとなり、警察沙汰にこそならなかったが、志賀さんは懲戒解雇になった。家庭もあったのだけれども、離婚。彼は家を追い出されるような恰好で実家に転がり込み、母方の姓を名乗った。そして、アーク社に再就職したという次第。
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会社が取引先の教育委員会にいって、登録調査員の関係書類をもってゆくと、志賀さんの顔が割れている自治体もあって、外して欲しいといわれるケースもいくつかあった。
私は、たまたま、この人の担当する遺跡に寄ったことがある。低予算な遺跡ではあるが、整然と、的確に掘られた竪穴住居跡群。それはまさに実務二十年以上を経てなせるプロの掘り上げ方だった。
無駄な筋肉を削ぎ落とした体躯、眼鏡、尖った顎。かつては野心を持っていたであろう風貌で、眼光には鋭さが残っていた。
組織に入り、上級食に行くほど、激務がある一方で、子供が難しい年頃を迎えたりして、そこから夫婦仲もぎくしゃくし壊れることがあるようだ。公務員なんかは、暇そうにみえて案外と激務だ。ストレスの発散場所がなくて貯め込み、ある日、とんでもないところに吐き出してしまったのかもしれない。
それから半年後、私は目を病んだということを口実にアーク社に退職届けを出し、さらに一か月後に会社が破産した。その間、耳にした噂によれば、志賀さんは、もともと、インテリな人で女性ウケはいい。恋人を得て週末はデートしているという噂を訊いた。何よりなことだ。アーク社破産後も、どこかで、元気に遺跡調査をなさっていることだろう。
人生はリベンジの連続だなあ(感慨)。
了




