奄美のリアル事件簿 『遺跡事務所捕り物帳』
2000年前後というのは、遺跡現場やら工事現場のセキュリティー対策が甘かった。前橋市で調査を行ったとき、県都だけあってか住民民度は高く、作業員やら見学者による遺物盗難事件というのは皆無であった。ただ、ガラス張りのプレハブ事務所である。お莫迦なことに机引出に鍵をかけて現金数万円をしまっておいたところ、私物のポラロイドカメラと一緒に盗まれてしまった。
前橋警察署の私服警察が、五十歳くらいの人を筆頭に四人ばかりきて捜査した。指揮を執っていたのは巡査部長だろう。中背で細面だ。高飛車ではないのだけれども言葉づかいはやや横柄で目つきが悪い。
「用が済んだら処分しますよ」刑事部長がいった。
私と事務員さんは押捺する。
「おそらく、浮浪者でしょう」
「浮浪者?」
「最近多くなりましてね。コインランドリーなんかで夜中に寝てるんですよ。こういう現場事務所はカモなんだなあ」
机の横にハンカチを落ちていた。指紋を拭き取ったものだ。忘れたというよりは勝利宣言のような感覚。常習犯だ。いつかは尻尾をだすだろう。しかし盗まれた金は戻ってこない。会社側に連絡すると、始末書と叱責をくらった上に、全額弁償させられた。しかしだ。犯人は同じところにあった完形遺物には手をつけていない。コレクターではなく、闇市場にも顔が効かないのだろう。
刑事たちが、「何か面白い遺物はないですかね」というので、古墳時代・七世紀の須惠器坩をみせてやった。須惠器というのは釉薬を塗っていない陶器の一種で珠洲焼と同じものだ。坩というのは小さな壺のことである。
「お値段は?」
「美術市場の動向など知ったことではないが、完形だから数十万というところでしょうかねえ」適当に答えた。
しばらく経って群馬県の財団に二度ばかり派遣されたことがあった。調査というと土工的な管理業務で勝手が判らず、立ちんぼのカカシだった。それはともかく、財団は警備会社を雇っていて、赤外線センサーをセットしているので、かつては無防備であった事務所も、犯人たちにとってはいささか少し手ごわくなったようだ。警備員が、通報して呼んだ警察を前にして、犯行を得意げに再現した。
「ガラスを割って留め金を外した犯人は、玄関から五歩ほど奥に進んだ。そして、何気に上をむく。監視カメラに気づく。ほどなく赤外線にひっかかりブザーが鳴る。慌てふためき、何も盗らずに逃走……」
おお、偉大なる文明の利器!
セキュリティーシステムは、操作手順を間違えると、えらいことだ。ブザーが鳴って、ときたま警備会社に電話をかけて解除して貰うことがある。残業予定を先方に通達するのを忘れると、電話連絡してきてくれるのだが、警備員が身体を張って乗り込んでくるときもあった。
深夜、私が、前に勤めていた会社でパソコンを打っていたところ、背後に人の気配を感じ振りむく。こういうとき、綺麗な経理主任の御姉様が、寿司詰めの差し入れを持ってきてくれたこともあった。まあ、そんな素敵な話題は内緒にしておいて、話を先に勧めるとしよう。
トールキンのファンタジー小説『指輪物語』にでてくるドワーフのような体型をした警備員の小父さんが、警棒を構えて、二階部屋の扉を開けて突入してきたのだ。小父さんは、ホットした顔になり、「はい、報告レポートです。必要事項に記入してくださいね」といって紙片を出してきた。
さて近年、再就職した次の会社である。東日本大震災の後、セキュリティーシステムは、地震やら計画停電やらの影響で滅茶苦茶になっていた。そのあたりの不具合から、取締役である社長夫人が、サービス向上を狙ったのか、警備会社の人を呼びつけて、「こんないい加減なことでは困ります。たまたま盗まれなかったからよかったようなものの」うんぬん……とえらい剣幕で怒鳴りつけ、彼らが小さくなって帰ってゆくと、「勝った」とほくそ笑んだ。
数日後、若い社員が出勤したところ、セキュリティーシステムが作動。張り込みをしていた制服警備員五人が、パニックを起こして逃げ惑う彼を取り押さえ、間髪を入れずに通報し、パトカーから警官が飛び出してきて手錠をかけた。ブザーから十五分内での捕り物劇である。
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私はこう考える。要は簡単だ。社長夫人の理不尽に内心腹を立てた警備会社が、赤っ恥をかかせようと張っていて、若い社員が誤操作をしたところを待ってましたとばかりに追いたてたのではなかろうか。もしかすると、そうなりように細工していた疑いすらある通常対応する警備員は一人か二人だ。パトカーがくるのも早すぎる。
警備員が、無人カメラでとらえた新入社員捕り物劇をモニターに映したものを、社長夫妻にみせた。二人は動画をみて笑い転げだした。常識的な会社経営者だったら、「危機管理意識、社員教育、体制管理がなってませんでした。お恥ずかしい限りです」と小さくなるものなんだよ。まったくう……。(苦笑)
了
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ノート20130411




