奄美のリアル事件簿 『経費三十万円横領事件』
いにしえの宮廷呪術に「位討ち」というのがある。でる杭を打つもので、勢力を拡大してきた人物に、分不相応な高級官職・爵位を与えて潰すというものだ。平安末期の平清盛は正一位太政大臣から皇族待遇である准三宮に任じられた直後に病没、平氏は滅亡した。織田信長は太政大臣か征夷大将軍か好きな方を選べと朝廷勅使から強く勧められるが、呪術であることを知っていたのか断っている。
さて、いまいる会社での話だ。ある時期の社長はあまり考えもせず、職務不適格者を職員採用にしたり昇進させたりしたものだった。小さな会社なので主任が唯一の中間管理職になる。木戸亜希子は最たるものだった。会社のある地元寺院住職が実家で、国連の元職員だった。シングルマザーで、別れた夫もそこに勤務していたとのことだ。
私は一月五日付で再就職した。社長がいうには、「できる女」だといっていた。その年の四月一日、「会社運動会があるので、千葉県までおいでください」というメールがあった。私は、休暇日で、福島県の実家にいたため断りのメールを送った。茨城県勤務の人がいて、この人は実際に会社にいった。案の定、誰もいない。休み明け、彼は、苦情の電話を会社にした。社長や木戸がいうには、「エイプリルフール。下に英文で書いてあったはずだ」と答えたそうだ。その習慣って日本古来のものか。この国の会社であえてやるような行事か。
こんな話がある。
古代中国の王朝・西周の十二代国王に幽王という人がいる。王妃は褒姒という絶世の美女なのだが笑わない。たまたま北方民族が攻めてきた。王都防衛隊は狼煙をあげて、諸侯の軍勢を呼び寄せた。国王のために血相を変えて駆けつけてきた諸侯をみて、褒姒は笑った。なかなかチャーミングだ。その後、幽王は彼女の笑顔がみたいがあまり、何度か狼煙をあげて諸侯を呼びつけるようになる。諸侯は王都に駆け付けてこなくなる。そして北方民族が王都を攻め落とし、王妃をさらって、辺境に凱旋した。
歴史書に書いてあるのだが、寓意的な伝説だと思っていた。しかし、こういうことって案外現実にやっているものなのだ。業界も会社も英語を使う頻度は極めて低く、つまらない冗談は業務や社員の信用というものに重大な支障かげを落とすものだ。
その年はまだ木戸もまともだったのだが、昇進した翌年におかしくなった。彼女は英語が話せるということを誇らしげにしていた。社長は経理能力よりもむしろ、私的な英語学習目的で、彼女を雇った節がある。
翌年の春、社長は、フィリピン出身女性ドミニクを雇った。ご亭主が日本人で、子供がいる。生活に支障をきたさない程度の日本語は話せるのだが、職務といったら、運転して事務用品をホームセンターまで買いにゆくくらいしかできない。電話番をするにしても、横に渡すだけだ。社長と木戸主任は、英語が話せるという理由だけでドミニクを採用したらしい。
木戸は、仕事を抱えて、渡米して、仕事を現地でこなすというのだが出来上がらない。他方で、母親を引き取るので、といって家を建てた。兎マスコット、キティ―ちゃんオタクで、会社中にシールを貼りつけた。ツィッターで知り合ったアメリカ国籍の黒人男性・彼氏を会社に連れてくる。インターナショナルぶりをみせつけて得意の絶頂だ。
他方で、遺跡で雇っている作業員さんの給料計算を何度か間違えた。経営が苦しいから他の社員同様に、宿舎費用を、払えといってきた。争っても面倒なので、払うことにしたら、それが自分の交渉能力だといわんばかりに社長夫妻にアピールまでしている。二月末、木戸は、別れた夫に、子供を合わせるため渡米していた。
エイプリルフールあたりに、木戸が帰国してきた。とうとう、社長夫人が彼女にかみついた。慌てふためき、彼女はキティ―ちゃんシールを貼りつけた軽乗用車に乗って逃げ帰った。木戸がいなくなるとドミニクも辞めた。
懲戒免職になってから、彼女が、雇用保険やら、退職金・年金積立といったものを怠っていたことが発覚する。そして、社内ではなく、関連会社の社長・小山氏から、どうも、「クビになる直前、木戸が、会社の資金三十万円を着服したらしい」と社人夫人がいっていたということを訊かされた。小山氏は木戸をひいきにしていたので、「たぶん木戸というより、ドミニクのほうが怪しいんじゃないか?」といっていた。横領の件について、社長は、業界・取引先での醜聞を嫌い、警察に届けなかった。
さてここで問題。消えた三十万円を持ち去った犯人は誰かだ。仮説の第一は木戸、第二はドミニク、そして第三は社長夫妻の詭弁。
ふつうに考えれば第一説の木戸の犯行だろう。第二説のドミニクは金庫の鍵を預けられていない。こういうとき祖国に貧困層を抱える人は不利だ。第三説・木戸に裏切られた社長夫妻の詭弁。社長夫人には病的というべき誇大妄想癖がある。第一説が違うというなら、これが該当することになる。
そうそう。現在、会社に中間管理職は存在していない。順当にゆけば私が候補に上がるところだろうが御免被りたい。過去、主任なるものが四人おり、四人ともクビになっているのをみている。
了




