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奄美のリアル事件簿 『教師夫人殺人事件』

 私・奄美が小学生のとき、剣道道場に通っていたときのことだ。実家の両親は忙しく道場で観戦することは稀だった。私は覚えが悪く、後輩の子たちがみるみる上達してゆく。その練習の最中、一つ下の子・田中君と、手合せをしているとき、ちょっとしたはずみで、後ろから面を打ち込んでしまった。もちろん防具はつけている。子供ゆえか彼は泣きだす。

 するとだ。信じられないことに、田中君の父親が立ち上がってきて、思い切り、防具をつけていたが、こちらの頭をぼかぼか殴りだした。「おまえに話しがある」とかいって、わめきだしたが、さて、何をいっていたのか、思い出せない。

 師範やら、他の父兄もおり、やがて私を迎えにきたうちの母親も中に入って、田中氏は、「道場には来ないようにします」といわせることで一件落着した。この人の夫人は、「体力差もあっていつもはらはらしながら観ていたんです」と母にいったのだそうだ。ご亭主は暴行罪になるだろうし、夫人はふつうこういう場合は平謝りだと思う。田中氏は豚だった。三か月もしないうちに道場にやってきて、どっかり座り、息子の練習をみている。私は病気で入院したのを機に道場を辞めた。

 高校に入ると田中氏は、クラスは違うのだが、そこの英語教師をやっていたため再会する羽目になった。優秀な教師という評判だった。不幸中の幸いは授業を受けなかったことである。それでも放課後やら昼休みに図書館とかにいると、何度か話しかけてきたことがある。そういうときはとても温厚そうに振る舞っていた。かなり遠縁の親戚筋に日露戦争に活躍したという軍神がおり、郷土史趣味で調べており、いろいろ訊いてきたのだが、適当に流すことにした。

 一応部活で、剣道をやろうとしたが、どうもこの田中氏と接触する感じで、避けたいところ。半年そこらで部活は辞めることにした。

 三年生の夏休みになったときのことだ。オタクな私は、受験勉強なぞどこ吹く風で、もっぱら図書館か自宅で過ごしていた。学業とはまったく関係なく、アフリカや中近東・砂漠地帯の旅行記を何冊か借りてきてはノートにメモしていた。

 休みが終わろうとしていたあたりだ。田中氏の夫人が殺害されたという話を母から訊いた。犯人は警察を名乗って夫人にこんなふうに電話してきたのだという。

「実は、おたくのご主人が人を跳ねましてね、保釈金として五十万円ご用意ください」と切り出して犯人は夫人を呼び出し、車から降りてきたところを首を絞め殺害。稲穂の茂った水田に捨てた。

 それから私服警察がやってきた。三十くらいの男で、愛想はいいのだが、アロハシャツに角刈り頭。どうみてもチンピラだった。私はお喋りな母が余計なことをいいださないように、彼女を外して、子供のとき、道場で殴られた件を話した。

 また、教育実習生が、私のいるクラスを担当したとき、生徒たちに舐められて、騒いでいた。すると、ブチ切れた田中氏が殴り込んできて、わめき散らした。どうもこの男、キレやすく、そうなると我を失うようだ。それも付け加えた。

 翌年私は、大学に進学して寮に入り、さらに翌年二年生になった。そのとき、同じ高校を卒業して上京してきた剣道部出身の子が、事件の話題をした。

「先輩、あの事件の後は大変でしたよ。田中先生が剣道部の合宿に参加したもんだから、警察がついてきたんですよ。どうも僕たち部員の誰かが、先生の奥さんを呼び出して、殺したんじゃないかって疑ってみたいです」

 私の証言が警察を混乱させたのだろうか。警察はきっと、「田中氏の激情気質が犯人の恨みを買った。五十万円強奪はカモフラージュだ」そんな仮説を立てたのだと思う。

 一つ対応を間違えると私は容疑者になっていた。しかし、引き籠りに近い学園生活を送っていたことが幸いし、アリバイとなったのだろう。警察はあの夏、一度家を訪ねてきたきりで終わり、事件は迷宮入りになった。

 私は次のように考える。犯行はプロによるもので、高校生がやるにしては、鮮やか過ぎはしないだろうか。個人情報保護なんか誰も考えていない時代だ。卒業アルバムの名簿はおろか、各種団体署名活動、ついでに電話帳にまで誰もが不安を抱かずに名前を載せていた。こういう犯人は、常習癖があると考えられる。たぶん、刑務所にぶち込まれては出所を繰り返しているただろう。あるいは、事件真相を語らずに獄死しているのかもしれない。

 追記/推理小説なら、教師に愛人ができ、妻を疎ましく感じ、殺害するトリックを思いつく。犯人に成りすまし、声色や話し方をちょっと変えて夫人を呼び出す。その際、五十万円を引き出させる。子供が学校から帰ってくる時間を見計らった夕方近くだ。夫人は夫が車で人を跳ねてしまったと子供たちに告げ、自家用車で殺害現場へむかう。そして……。

     了

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