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妄想探偵事務所 『古墳の殺人』

 古墳時代の古墳というのは単なる墓というだけではなく、大和朝廷の勢力下にあった豪族たちのステータスシンボルでもあった。形や大きさで、支配地域の大小や、大和朝廷内におけるポジションまである程度想定することができる。このうち円形と方形を組み合わせて鍵穴のような墳墓をなし周囲を濠で囲んでいるのが前方後円墳だ。

木更津将軍塚古墳は五世紀に構築された全長が百メートルの前方後円墳である。

 私とマスター・キーマンは、大学同期で木更津市教育委員会職員になっている青島に誘われ、遺跡発掘状況を一般に開放した現地説明会にでかけた。残暑厳しい日曜日のことだった。周囲の空き地が仮設駐車場になり、古墳の横には作業員休憩テントと移動式トイレがあった。職員たちは休日を返上して、このイベントの運営を行っていたのだった。

 駐車場で私たちをみつけた青島が駆け寄ってきた。身長は同じ百七十センチで、十人並みの容姿だし、気の利いた言葉をというものを知らないが、人好きのするタイプだ。教育委員会に所属し、遺跡発掘業をしている。

「久しぶりだな、奄美」

「元気そうでなによりだ。ああ、紹介する。後輩のキーマンだ」

「どうも」

 青島と話をしていると、身長百八十センチほどの、背の高い、還暦くらいの白い帽子を被った男が、墳丘の頂きに登っていくのがみえた。土木用の作業服を着ている。市職員でフィールドワークをする者が使うやつだ。

「うちの教育長だ。あとで紹介するよ」

 そのとき私たちは、事件になるとは夢にも思わず、気にも留めずにいた。

墓室は、地域性もあるが、六世紀あたりになると一般的に横穴式になる。ところが、このあたりでは古いタイプである竪穴式のままだ。墳丘の頂きに四角い穴を穿ち、被葬者を埋葬するというやり方だ。これもいろいろなタイプがあるのだが、石室を石で囲って天井石を載せるというやり方をとっていた。

 現地説明会午前の部がはじまろうとしていた。テント内には遺跡の各作業段階を撮影したパネルや、出土品が展示してある。青銅鏡・剣や鏃といった鉄製品・勾玉、それにさまざまな種類の埴輪の破片がところ狭しとテーブルに並べられている。

 青島がそわそわして腕時計をみつめてつぶやいた。

 彼の部下の職員鈴木がやってきた。

「教育長、遅いですね。みてきましょうか?」

「うん、一緒に行こう」

 そういって、二人は古墳墳丘の頂である墳頂きに登っていた。前方部と後円部の間にある括れたところに、見学者用に、土嚢どのうを積み上げた階段が設けてあり、そこを駆けあがっていく。

 ほどなく鈴木の叫び声があがった。私とキーマン青年が続いて駆けあがった。抉れたところから前方部よりも一段高い後方部に上がる。墳頂は平らに整地され、そこの一角に墓穴があった。箱式石棺墓というタイプの全長ニメートル、深さ一メートルほどの竪穴で、蓋となる天井石は取り外されている底に、教育長は仰向けに寝かされた状態で発見されたのだ。首を絞められた跡がある。殺されたのだ。

「そ、そんな……」 青島は呆然としていた。

 十分前に、われわれと青島が話しているとき、古墳の頂きに登っていったばかりではないか。だが、古墳の麓に市の職員や見学者あわせて三百名がいるのだが、誰も教育長の殺人を目撃していない。

 キーマン青年が、「奄美さん、どう思います?」と訊ねた。

「これだけ人はいるが、古墳の背後は、がら空きだし、犯人が潜むことができる山林もある。けれども、犯人は致命的なミスを犯している」

 教育委員会の青島と鈴木は、キーマン青年と並んでいた私のところにやってきた。

「私は教育長の爪に、人を引っ掻いたときに付着したと考える。ごく小さはあるが肉の塊がある。そして死斑だ。それは死後数時間すると、死体が地面に向いた側にできる。死斑が顔に少しついている。また教育長の遺体はトレードマークの白い帽子を被っていない。犯人は教育長をどこかで殺し、ここに運び込んで、石棺の中に遺体を置いた。殺したとき犯人の腕を引っ掻いている。また教育長は老人とはいえ、身長が大きい。体重もある。ここに運び込むには男二人の労力が必要だ」

「あ、奄美。何がいいたいんだ?」

 青島が私を睨みつけた。

 キーマン青年が口を挟んだ。

「つまり、共犯者がいるということですよね、奄美さん? もう一人の男は、遠目にみると教育長に似ている背格好が同じ人物で、同じ作業服を着て被害者の帽子を被っていった。頭髪DNA鑑定でばれないように、いま服のポケットに、折りたたんだそれを隠し持っている」

 青島の横にいる部下の鈴木は百七十センチ弱というところだ。キーマン青年に続いて私が三人にいった。

「長身の人を小柄にみせるのは難しいが、逆は簡単だ。シークレットシューズを履けばよい。彼の車を調べてみればでてくるかな?」

 焼けた肌の青島が、食いつくように、叫んだ。

「あ、奄美。同期の俺を疑っているのか?」

「残念ながらそうだ。つまり君たちが共謀して教育長を殺した。動機は調査経費の使い込みとか、出入り業者に便宜を図り見返りに賄賂をもらったとか、そういうことじゃないかな?」

 三十分後、サイレンが鳴り、二人の重要参考人が警察署に連れられていった。

.

 木更津将軍塚古墳の現地説明から一週間後、私がブログに書いた掌編小説を読んだ同期の青島から抗議の電話がかかってきた。

「あ、ごめん……」

「ごめんじゃねえ! 教育長もカンカンだぞ――」

 携帯電話から怒鳴り声が漏れでている。相棒のキーマン青年は含み笑いをすると、木更津に近い、今われわれが担当している遺跡の竪穴住居の撮影を始めた。

     了

.

ノート20120824 

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