妄想探偵事務所 『奄美の正しい殺し方』
私はマスター・キーマンと昼食をとりにでかけた。遺跡調査員の給料はあまり高くはない。とぃうか低賃金の部類に入る。ゆえに食堂で食べるのは週二回、あとの三回はコンビニで弁当を買う。私たちは蕎麦屋に入った。
盆休みが開け、遺跡調査も後半に入る。残暑で照り返された地面は陽炎をなしていた。ほどよく効いた冷房は午前の疲れを癒すのだった。
窓は大きく中の客たちが、駐車場にいる私たちをみていて目が合う。横に開く扉。暖簾をくぐり中に入ると床は丸い小石をセメントで貼りつけたようなタイルになっている。太い幹を一枚板にして矩形の卓にしている。全部で十席ほどあり、私たちは入口に近いところに座った。
店員が蕎麦茶とメニューを運んできたので私はモリを、マスター・キーマンは卵丼とザルがセットになった日替わりランチを頼んだ。
「キーマン君、ザルとモリの違いって知っているかい?」
「ザルは海苔つき、モリは海苔なしでしたね」
「流石だね」
「親父がいっていたんですよ」
マスター・キーマンは三十前の青年で、京都の大学院で学び、会社に就職した。百八十センチの長身、筋肉質。趣味は剣道だ。坊主頭、強面、はにかんで笑う。野球、サッカーはおろか、オリンピック全種目に興味がない。それだというのに、アニメの『化け物語』、『ケイオン』、『エヴァンゲリオン』は熱く語る。
盛り上がったところで私は手洗いにいった。
くすんだ木製のドアノブに手をかけ開け、シャボンを泡立てて手を洗う。大きな鏡に浮かぶ焼けた中肉中背の私がそこにいる。それからまた客席に戻ろうとドアノブに手をかけたとき、私の中の「妄想探偵事務所」ドアのチャイムが鳴った。
もし、キーマン青年が、私が席を外した隙に、遅行性の分量の砒素をモリに混入していたら? 動機はそうだ、会社の経営状況が厳しく、社長が私に内緒で保険をかけ、青年に毒を盛るよう指示する。どうだろう。仮に一億としておこう。これはこの小さな遺跡調査会社の年収の五十パーセントで口減らしにもなる。
テーブルの上にはすでに料理がきていて、青年は私がくるまで箸をつけずに待っていた。
「食べよう」
「では――」
青年は卵とじ丼から箸をつけた。
「奄美さん、どうしたんですか? 食べないんですか?」
「ちょっと、蕎麦の分量が多かったようだ。ちょっと手伝ってくれないか?」
「いいですよ」 青年がはにかんだ。彼のセイロに蕎麦をやると、彼は露につけ、旨そうに食べ始めた。
「美味いかい?」
「美味いです」
毒見をしてもらった私は、心安らかに、冷房の効いた店内で昼食をとることができたのだった。
(事件? 解決)
ノート20120819




