妄想探偵事務所 『雛祭りミステリー』
二〇一三年の三月三日は日曜日。自分でセットしたことではあるのだが土日休日出勤。そのあと、現場の遺跡から会社近くにある葬祭場まで二時間近くかけてくるまで移動。そして出張先宿舎までUターン。けっこうハードな一日になった。
さて、このとききてくださった、重機オペレターの安田さんは関東でも指折りの腕だ。小柄で細身。年齢はおそらく五十過ぎだがみかけは四十のようにみえなくもない。遺跡の実態を調べる試掘調査ではオペレータの腕の善し悪しが作業進捗の動向を大きく左右させる。
遺跡調査が始まった昨年十一月、スポーツの話題をした。私・奄美は、カヤックだと答えた。安田さんは、食べ物をとるのがからまないとレジャーにはでかけないとのこと、海なら釣りや潮干狩り、山ならキノコ狩り。「うちの奥さんもそうなんだよ」と答えた。
さて、三月三日・雛祭りのことだ。休憩時間に、昨今は雛祭りをしないご家庭が増えてきたという話題。安田さんのお宅に娘さんとかいませんか? 雛祭りはしました? といったところ。安田さんは、「あ、俺、独身なんだ」と答えた。
昨年十一月には、奥さんと釣りや山菜取りを楽しむ話題をしたではないか。それなのに奥さんは、存在すらしていないのだという。これはミステリーである。失礼になるからそれ以上、プライベートは訊かなかったのだが、妄想探偵・紅茶色の脳細胞は膨張し炸裂した。
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仮説一、十一月の話題、安田さんは奥さんがいるように装っていた。
仮説二、三月の話題、奄美の十九歳独身「ネット設定」同様に、安田さんは独身を装っている。
仮説三、実は安田さんは最近離婚していた。それで独身になってしまった。
仮説四、奥さんは存在しないことにしてしまった。何らかの出来事があった。
仮説五、十一月の話題、安田さんの奥さんに関する話題を私・奄美が聞き違えた。
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この場合、仮説四がもっとも事件性がある。安田さんには、内縁の妻があり、ほかに関係する女性ができ、痴情のもつれから、殺害に及びどこかに埋めた。仮説四として、腕のいい重機オペレータだから、どこぞの現場で、深い穴を掘り、遺体を埋める。半永久的にみつからない。完全犯罪か!
うっ、いけない、せっかく、休日出勤にお付き合いして下さったのに、なんたる妄想。しかし……ああ、どうにもとまらない♫ リンダ困っちゃうぅ……(←古代遺物か、このネタ?)/ノート20130303。
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3月7日、証言者が登場した!
長年顔見知りの測量士さんが現地測量のためにこられた。測量士さんは独身だ。この人の話によると、安田さんは、「俺とおんなじチョンバーズだよ」といっていた。チョンバーズなる業界用語は初耳だが、独身のことであることは確かだ。すると昨年11月の話は、仮説2・妻帯者を装っていたことになる。
ただ、仮説2の妻帯者を装い、自分の夫人を「奥さん」と呼んでいた。このことについて、確かに礼儀作法上、自分の夫人を奥さんとは呼ばないのだが、新婚、照れ屋、くだけたいい方を好む人、礼儀知らず、無学な人なんかはいう。けっこういたりして、奄美も口にして、親に注意されたことがある(爆)。ゆえに、「奥さん」と呼んでいる女性が浮気相手であるという根拠とはならない。
また「奥さん」という名前か、ということだが、話の流れからそういう唐突な固有名詞は飛び出さないだろう。
しかし、安田さんが11月になぜ、仮説一とした「妻帯者を装ったのか」は謎のままだ。
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以上の話をとあるサイトに掲示したところ、3月6日までに来訪者の皆様が各説に票を投じてくださった。
●仮説一、十一月の話題、安田さんは奥さんがいるように装っていた。/ふつう、自分の妻を、「奥さん」とは呼ばないから不倫ではないか。つまり、不倫相手を妻ということにしていたとお考えの方が二名様いらした。要は容疑者が妻帯者を装っているという説。/2名
●仮説二、三月の話題、奄美の十九歳独身「ネット設定」同様に、安田さんは独身を装っている。/1名
●仮説三、実は安田さんは最近離婚していた。それで独身になってしまった。/3名
●仮説四、奥さんは存在しないことにしてしまった。何らかの出来事があった。/1名
●仮説五、十一月の話題、安田さんの奥さんに関する話題を私・奄美が聞き違えた。/さらに、その他のご意見、回答留保はここに含めることにする。/4名
奇抜な説、自作小説倶楽部会員仲間でミステリー愛好家女性からのご意見/「等身大のお人形を「奥さん」に見立てて彼自身もいろんな妄想を膨らませていた。ところがある日突然、そのお人形さんを何らかの理由で手放さなければならなくなって… スイマセン、下ネタでした^^;(不適切なら削除してください)」(原文ママ)。また、「奥」という姓の人ではないかという説も複数あった。
探偵・奄美はここに断言する。3月7日・測量士さんの証言が決め手だ。仮説一に違いない。ただ、自分の妻を、「奥さん」と呼ぶ人は、けっこういる。他者には失礼な態度で、不快にさせること多々ではあるのだが、不倫には直結しないだろう。
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遺跡のあるのは水田と休耕田の葦原に浮かんだ島のような場所だ。荒地が大半で複数ある。地元では台島と呼ぶ。荒地にはカヤが生えているが、なかには麦・豆畑やブナの一種でかつては食用どんぐりでもあったマテバシの植樹林もある。地元ではマテと略して呼ぶ。調査も終わりにさしかかったとき、作業員のおばちゃんたちが、「ねえみてみて」と指さして叫ぶので、台島のカヤ藪に目をやる。するとそこから、水田にある畔を抜けて、野兎がマテバシ林を横切っていった。
業務の関係で、数日、ここから離れていた重機オペレーターの安田さんが本日3月7日から復帰する予定だ(ノート20130307)。
しかし真相は翌年、他県で、〝犯人〟の口から直接きくことになる。
休憩時間に自販機で買ってきた缶コーヒーを渡すと、小柄な熟練オペレーターが「うちの奥さんがさ……」と久々に話題をだしてきた。
「あの独身だったんじゃあないですか?」もちろんツッコミをいれる私。
「ああ、うちの奥さんとは一緒に住んでいるんだけど、籍はいれてないんだ」
真相は内縁関係だったのだ。
了
ノート20160516




