月刊カルト考古 『胡蝶転生』
胡蝶転生のあかし/月刊カルト考古2012/07/04
.
無表情な若い学者が珍しく笑みを浮かべていった。「不思議な話が訊けますよ。ぜひ行きましょう」 誘われ快速列車と地下鉄を乗り継いでたどりついたところはなんと皇居前だった。
赤煉瓦を模したタイルを貼った外装、出窓のある三階建てビル、それが建築家高橋貞太郎設計による学士会館本館・戦前の建築物だ。内部は薄暗い。モノクロ基調の梁と壁に、赤絨毯の床を敷いたゴシックの内装をしており、「東京裁判」にでもかけられるかのような心地がした。
私は、若い学者と石造りの階段を昇り二階ホールの末席に座った。満席だ。講師はかなり歳をとった学者で、沖縄にしかないという特殊な呪具について、スライドを用いての講演を始めた。丸縁の眼鏡、頭部は卵のように禿げていて眉は白くなっていた。
古い学者というのは貴族じみたところがあり、若い学者のように、どんぶりの縁に口をつけて飯を掻き込むというようながさつな真似はせず、ホークを裏返にしてゆっくり口に運ぶものだ。眼を細めるその人の口調は詩を朗読するかのようでもあり、時折、慌てたように三度も同じ画像を出して、若い学者を苛立たせもしたのだが、私はみたこともない南国の島の原始美術に心奪われた。
沖縄には独特の時代区分が存在する。本土では縄文時代でほぼ完結してしまう貝塚が、「貝塚時代」として平安時代まで下って保存されているのだ。縄文土器の一種・萩堂式土器を伴っている。
宜野湾市安座原遺跡、沖縄市室川貝塚、うるま市伊波古我地原遺跡、読谷村字長浜吹出原遺跡などの名前があげられる。このうち安座原遺跡は二千五百年前から二千年前の遺跡で、本土の弥生時代にあたる時期の箱式石棺もみつかっている。これらの遺跡では骨を削って作った奇妙な、それでいてやたらと精巧な遺物が出土している。
ある人は四つ脚の獣に見えるから「獣形骨器」としよう、またある人は竜にみえるから「竜形骨器」としようといった。講師は、竜やら獣にみえる骨片を復元すると蝶の形と説明した。
.
.
この地では古来から、蝶は死者が蘇った姿とされ、シャーマンたちの祭具には蝶の意匠が施されてもいる。やはり骨器は蝶なのだろう。ゆえに「蝶形骨器」なのだ。珊瑚礁で泳ぐ象の仲間ジュゴンの骨しか用いない。あの人魚に間違えられるという海獣だ。
それは骨の部位によって形を変える。肋骨・肩甲骨・下顎でつくる。多いのは湾曲した肋骨を板状に削って細工したものだ。頁岩を用いた石器で研磨する湾曲を利用して羽を広げた蝶の羽を表現する。肩甲骨は部位の関係で羽がやたらと貧弱で団子に申し訳程度に羽を生やしたようだけのようにみえる。刮目するのは下顎部分を用いたもので、とても繊細な製品である。蝶の羽の脈まで表現しているようだ。
一つの骨片で一羽を彫上げるものもあるが、中には二つの骨片に、三つずつ孔をあけて紐で連結し、ひらひらと、宙に羽をはばたかせるものもあるのには驚く。「竜形骨器」とよばれていたものは、組み合わせ式となった蝶の羽の一部だったのだ。
夢を見た。南国の花園に黒真珠の光沢を放つカラスアゲハが舞い、紅いハイビスカスに静かにとまって眠る様を――。
了
.
ノート2012/07/04
.
取材
平成24年5月11日 於千代田区神田錦町学士会館 日本文化財保護協会第3回総会基調講演 金子浩昌「南島縄文の華-蝶形骨器-」より
.




