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月刊カルト考古 『中世日本国長頭族征服説』

 滅多に笑わぬ若い学者が、私のデスクの前に立った。恰幅のいい背の高い男だ。「学界で摩訶不思議な話が発表されると耳にしました。お好みでしょう? 聴講に行きませんか?」 私が了承すると、すぐに彼は手回しよく、東京行きの長距離バス・チケットを手配した。

 人類学と考古学というのは根っこは同じなのだが、ある時点から特科され枝分かれした。講師たちは意外に若い医者やら歯科医を本業とする研究者が多かった。

 日本の中世の頭蓋骨というのは、前後の時代の日本人とは形が違う。前後は球形であるのに対して、この時代だけ、鶏の卵のような断面楕円形をしているのだ。

 球形をした頭は保温率がよく、寒冷な気候風土に適応する。だが鎌倉時代というのは、寒冷期であったとされている。比較的温暖な各時代の日本人が球形をなしているというのに、何故、あえて不適応であるはずのこの時代だけが、卵形をしているのか? 口のところも突出しているという。これではまるで、映画『エイリアン』ではないか!

 急激に進化したのか? あり得ない。

 外国から異民族が進入した? あらゆる文献にそんな記載などない。

 出生率はやたらと悪く、十人産んで一人が育つのがやっとだともいわれている。

 さまざまな説がとびかったのだが、具体的に皆を納得させるような説はでていないようだ。――学界はまとまりない問題提起で終わった。

 夕方、帰りの高速バスに乗った。東京駅八重洲南口の高速バスターミナルだ。若い学者と私は、やたらと愛想のよい小太りした運転手がいる運転席の真後ろの席に座った。客席が塞がり、通路の補助席までつかい、私たちのいるところまで満杯になる。

 補助席に座ったのは偶然にも先ほどの若い女性医師だった。ちょうど私たちの席からは横に見下ろすような恰好である。何やらメモをしたり、スマートフォンを用い小声で通話したりしている。器量は悪くない。ただ、「その点」だけは、男の側の好みが左右するところとなろう。

 座席にもたれて、こんな夢をみた。そこは叡山。いまとは違い、山の尾根や谷は僧坊・伽藍で埋め尽くされている。私は織田信長公近習赤母衣衆の中にいた。明智光秀がげんなりした顔で訊き返した。

「何ゆえに彼らを皆殺しとするのですか?」

「知らぬとはいえまい、光秀? 長頭族ゆえよ。歯の形をみよ。たまに同胞の血をすするからあのような形になったのだ。だいぶ殺したが、一向宗に多い。生き残りは寺院に逃げ込んだ」

(人のことがいえたことか!)

 信長は、浅井・朝倉ら敵将の遺骸でつくった髑髏の馬上杯で酒を口にして薄笑いを浮かべ、学僧のような顔をした武将に渡す。光秀は涙を浮かべて、一気に飲み干すと、手勢を率い、女子供をふくむ信徒が籠る各伽藍に鉄砲を撃ちかけ、火をつけていった。

 そうそう、信長公が本能寺で倒れてから私はさる徳川家譜代大名の家臣になっていた。長頭族の最後は島原の乱であったか。徳川幕府はこれを始末して、三百年ぶりに短頭族の天下とならしめたのだ。

 長頭族の戦士は、平安時代の終わりに、平清盛に率いられ、何処からか突如としてやってきた。敏捷性に長け、体力勝負の白兵戦で短頭族戦士を圧倒した。

 平家滅亡後も、源頼朝以下ときの天下人に操られ、天下の大勢を占めたのだが、鉄砲が登場すると事態は一変する。合戦は射撃戦が主体となり、白兵戦に重きがなくなったのだ。

 長頭族は、戦国時代の末期に急速に数を減じさせ、近世・江戸時代を迎えると絶滅した。異界より現れて異界に消えたかりそめの客であったのかもしれない。

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 われわれは年若い女医の頭が卵型をしていることに気が付いていた。一時間半を要し、ハイウエーを通っていた長距離バスが一般道沿いにある停車場のひとつに停まり、ようやくわれわれは降りた。開放感からか、滅多に笑わない若い学者が、口元を歪めて私の耳元にささやいた。「彼女は長頭族の生き残りみたいですね」と。外は毒々しい夕焼けに染まっている。

     了

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ノート20120703/校正20160516

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取材

第78回日本考古学協会セッション4より(内容を大きく逸脱しています)。

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